読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「ガンバ! Fly high」が描き、内村航平選手が引き継ぐもの

森末慎二氏原作による王道スポーツ漫画

『ガンバ!Fly high』は1994年に少年サンデーで連載開始された、ロス五輪の男子体操・種目別鉄棒の金メダリストである森末慎二氏を原作者とする作品です。

漫画はそれまで『オッス!少林寺』を描いていた菊田洋之氏が担当しています。

これだけを聞くと、単に「モリスエ」のネームバリューを生かした漫画に思われるかもしれませんが、実際には巧妙な演出と高い作画技術に支えられた漫画です。

「ガンバ!」特集で、内村航平選手が想いを語る

NHKの「[スポーツ・ラボ]ぼくらはマンガで強くなった~SPORTS×MANGA~」2015年6月28日の放送で、「ガンバ!Fly high」の特集が組まれました。

本作の原作者である森末慎二氏、漫画を担当した菊田洋之氏、

現役の男子体操選手でありロンドン五輪で個人総合金メダルを獲った内村航平選手にインタビューを行っています。

内村選手は本作を「愛読書」として挙げていることで知られており、子供時代に読んで影響を受けているそう。

内村選手が5歳のときに連載開始、11歳のときに連載終了した同作ですから、体操選手として成熟していく時期に読んでいたことになります。

この記事では、本作の魅力と、漫画でスポーツなどの人間活動を描写することで、生まれるかもしれない価値について述べていきます。

『ガンバ!Fly high』のあらすじ

弱小の男子体操部を擁する平成学園中等部に入学した藤巻駿は、まったくの未経験から「オリンピックで金メダルを獲る」ことを入部時に宣言した。

廃部の危機にあった弱小男子体操部にあって、単なる身の程知らずの大言壮語と思われた藤巻の宣言は、

スポーツ音痴の生徒をバカにする同級生との倒立対決や、近所のおばあちゃん家にある「夢の鉄棒」解体騒動などを通じ、

次第に真実味を帯びて、周囲を巻き込むようになっていく。

廃部危機や同級生の転校問題などを通じ、藤巻は体操競技の持つポテンシャルを見事に引き出して、自らの夢に向かって歩みを進めていく。

本作の見どころ

  • 目頭が熱くなるような選手の情熱
  • ユニークな練習法と、プレッシャーに打ち克った素晴らしい演技によって高みに登っていく選手の精神性
  • 芸術スポーツならではといえる、選手と観客が一体になるかのような描写
  • 「空を飛ぶかのような」演技の魅力によって観客を勇気付けたり、学校経営などの意志決定に影響を与えていくストーリー
  • 体操技の多彩さと、選手の繰り出す技の難度がだんだんと上がっていく過程

中でもオススメしたいのは、体操をまったく知らず興味もないという観客が、主人公たちの演技に惹かれてしまうときの心理描写です。

読者は主人公・藤巻と平成学園の努力の過程を知っているため、はじめて彼らの演技を目にする観客に対し、

「どうだ、藤巻と平成学園はこんなに凄いんだ!」と、だんだん誇らしい気持ちになっていくのです。

この作品の、もっとも癖になるポイントと言えるでしょう。

体操競技の特徴を生かしたキャラクター作り

器械体操という当時マイナーかつ人気が下火だったスポーツを、原作者の強いこだわりによって題材にしたこと以外にも、この作品の秀逸な所はたくさんあります。

  1. 6つの種目があり、それぞれに多彩な技と「難度」という採点基準があることを生かし、登場人物に個性を付けた
  2. スポーツ漫画では端役として扱われがちな指導者を、主人公と無二の絆で結ばれた最大のキーパーソンとして描いた

ユニークな先輩たちと、それぞれの得意種目

主人公・藤巻が中学一年生として平成学園中等部男子体操部に入部するところが本作のスタートですが、

体操部には二年生・三年生の先輩がおり、性格のみならず体操の実力と得意種目によって個性付けがなされています。

登場人物 得意種目
新堂 雄一 平行棒
内田 稔 跳馬
東 伝次 つり輪
真田 俊彦 ゆか

最初は実力もパッとしなかった先輩たちですが、藤巻の情熱に感化され、指導者までも引き寄せたことにより大きく成長。

得意種目においては他選手を圧倒する実力を身につけはじめ、読者は彼らの活躍の虜になりはじめます。

その表現を助けているのが、体操技に付随する「難度」の概念。

体操技は当時、A難度~E難度という5段階難度で評価されますが(現在はA~G)、

ひねりの数を増やしたり、姿勢が抱え込みから伸身へと変化すると難度が上がるといった基本的な規則を、読んでいるうちに読者も覚えていきます。

主人公たちの成長によって決められる技が少しずつ増えていくため、一緒にステップアップしていく感じがとても楽しいのです。

「今まで出来なかったことが、出来るようになるのが楽しい」という作中の台詞に象徴されるような、

地道な練習によって実力を付けていく楽しさを、ちょっとゲームライクでもある表現によって読者が共感できるようになっています。

屈指の「名指導者キャラ」 セルゲイ・アンドレアノフ

フィギュアスケートやバレエ、新体操などにも言える事ですが、芸術スポーツでは「選手とコーチの心の結びつき」が強調されます。

マスメディアによる報道でも、コーチに焦点を当てて視聴者に伝えるというのをよくやりますね。

本作に登場するコーチ、セルゲイ・アンドレアノフは、ロシア代表としてヘルシンキ五輪でつり輪の金メダルを獲ったという名選手。 藤巻が守った「夢の鉄棒」を管理するおばあちゃんとの縁で、平成学園のコーチを務めることになります。

彼の登場時は藤巻が「鉄棒を放せない」スランプに陥っていて、ある方法によってその恐怖を克服させます。

その際に放った「ダイジョーブ、とべるよ!」という台詞が、彼の精神性を一言で表していると思います。

NHKの特集で、内村選手が最後に「作中の心に残る台詞」に挙げたのが「楽しい体操」でしたが、

これはアンドレアノフが平成学園のモットーとして掲げたものであり、作品の最後の最後まで主人公たちとコーチの絆となりました。

漫画における「指導者キャラ」と言うと、『エースをねらえ!』の宗像コーチなどが有名かと思いますが、

わたしの読んだ漫画の中では、本作のロシア人コーチ「セルゲイ・アンドレアノフ」がもっとも印象に残っています。

「ガンバ!」が内村航平選手に与えた影響

インタビューでは、内村選手はいくつかの点で影響を受けたと語っています。

  1. 主人公・藤巻駿のように「選手の視界が見える」ようになりたいので、演技中は目を開けているようになった
  2. 作中に出てくる技に挑戦したい気持ちが湧く

それぞれ、放映中に語られなかった面も含めて詳述してみましょう。

主人公の能力は、森末氏の技能を取り入れて生まれた

「選手の視界が見える」というのは、原作の森末氏が漫画の菊田氏に「自分は選手の視界が見える」と言ったことから生まれた表現で、

作品の中盤から、藤巻が「視界」について度々口にし、周囲の先輩や選手、関係者を驚かせるようになります。

ちなみに、たくさんの体操選手や関係者が登場する本作ですが、作中で明示的に「選手の視界が見える」とされる人物はたった3人しかいません。

主人公・藤巻、シドニー五輪日本代表のエースとなる堀田、元女子体操選手で記者のキャシー飛鳥です。

現実に森末氏が「できる」という記述は作品のどこにもないのですが、とてもレアリティの高い技能として描かれています。

若き内村選手は一般読者のひとりとして、類稀な空中感覚と学習能力につながるこの技能を、身に付けてみたい!と強い憧れを持ったに違いありません。

一流の体操選手が「出来る」技術を漫画で知り、その獲得のために努力するようになったというエピソードです。

漫画演出との相性が抜群の「難度」評価と新技

ガンバ! Fly high の練習や試合のシーンで描かれる技には、挑戦したいと思わされる要素で満ちています。

一つは、先述した難度評価と、登場人物が少しずつ決められる技の難度を上げていくという成長感。

さらに、作中で「新技」の開発と発表を行うシーンがあり、その独創性に読者は強く惹かれます。

「ガンバ!」作中の新技には、いまだ実現されていない技と、その後本当に実現された技とがあります。

作品が終了した2000年時点では架空といえる難度、「G難度」の新技を藤巻が決める描写がクライマックスにあるのですが、

これは難度が本当にGまで拡張された現在でも実現はされておらず、実際にはGを超える難度がつくものと思われます。

内村選手はこの技について「ありえない技」と言いつつも、「やってみたい」という意欲をインタビューで示していました。

漫画というメディアの、水面下で渡されていたバトン

スポーツ漫画はあくまで漫画であり、スポーツそのものにある多くの要素が捨象されているし、あくまでエンターテインメントだとする見方もあるでしょう。

ですが、世界の頂点に上り詰めた体操選手が『ガンバ! Fly high』という作品の原作を書き6年の長期連載化、

それを次代の金メダリストが愛読していたというのは、「出来すぎ」と言えるほど。

スポーツという文化を他の媒体に移し替えてみることで伝わるものがあったというのは、創作をする人間にとってはものすごく勇気付けられる話です。

得意な表現方法に移し替えられそうなモチーフがあるなら、積極的にチャレンジしてみるべきかもしれませんね。

おまけ - 「元PL球児」による野球漫画が連載中

雑誌も出版社も異なりますが、講談社の青年誌「モーニング」上で、元PL学園の選手として甲子園出場経験のある新鋭の漫画家・なきぼくろ氏が高校野球漫画を連載しています。

その名は『バトルスタディーズ』。破天荒さと無類の野球愛を武器にする捕手・狩野笑太郎が、憧れていた野球の名門校・DL学園に入学。

試合での戦い方のみならず、寮生活や学校生活にまで及ぶ厳しい「兵法」を叩きこまれ、

自身の野球に対する純粋な情熱と、強豪校の方法論の間でもがきながら、同期18人の仲間とともに甲子園出場を目指す作品です。

作者が野球経験者であることから、『ラストイニング』のようにリアルさや戦術面、心理面を強調するのかと思いきや、そうではありません。

本作は、選手の寮生活、練習風景といった点においては事実に基づいた表現を多用し読者の興味を引いているものの、

肝心の野球シーンはむしろ、往年の野球漫画『わたるがぴゅん!』を彷彿とさせるような、

コミカルで活き活きとしたモーションと、時に漫画的演出を織り交ぜた、良い意味で「漫画らしい」エンターテインメント作品になっています。

まだ作品は「高1の春」の段階ですが、これから人気が出ていくものと思われます。是非、今の段階で手に取ってみてください。