2015年の紅白歌合戦 小林幸子×千本桜が見せた「初夢」

NHKのお膝元で、通り過ぎた狂騒(コメント)

第66回NHK紅白歌合戦を見終わって、実家のベッドで「生さだ」を見ながらこのブログを書いています。

わたしは日本の音楽シーンにも、ボーカロイド界隈にも詳しくない人間ですが、

Web発のクリエイティブが「紅白」という高いステージに登っていったことに驚かされました。

そういう観点で、今回の紅白の目玉となった、小林幸子さんの「千本桜」について書いてみたいと思います。

「千本桜」と小林幸子のつながり

「千本桜」は、黒うさPによる2011年の作品です。

www.nicovideo.jp

役割 担当(敬称略)
音楽 黒うさP
一斗まる
動画 三重の人
ギター hajime

「千本桜」を含むVOCALOID-PVと呼ばれる動画ジャンルは、ボーカロイドが歌唱する楽曲に映像を付けたもので、

多くの場合、映像は楽曲制作者と別の動画制作・イラストレーション専門の方が手掛けられます。

VOCALOID-PVは、映像制作が事後的なものか否かで区別されます。

  • 楽曲の公開時点でPVが付いているもの
  • はじめは楽曲のみだが後から第三者がPVを付けるもの

いまの創作物としては前者が主流で、後者は「PVつけてみた」動画として区別されます。

ライブでの演奏も盛んで、「Hatsune Miku Live Party 2013」では、3D投影された初音ミクがステージで歌い踊るという演出がなされました。

youtu.be

Web発のクリエイティブは、着実に活躍の場を拡大させています。

小林幸子と「ボカロ文化」の出会い そしてカムバックへ

2012年、小林幸子さんが33回連続出場していた紅白を落選したのは、事務所トラブルが発端だったと言われています。

芸能界での活躍の場を大幅に失った小林幸子さんは、同年冬の「ニコ生」出演を皮切りに、Webを介した活動を開始。

2013年には初めて「歌ってみた」動画をアップロード、翌年の夏コミでは自身の「5884組」サークルにボーカロイド楽曲のカバーアルバム「さちさちにしてあげる♪」をリリース。

自ら売り子としてCDを手渡しで販売する姿が話題となりました。

紅白で披露した「千本桜」は、ミニアルバムである同CDのラスト5曲目として収録されていたものです。

小林幸子さんの2015年紅白特別出場は、Web人気を聞きつけたNHKのエンターテインメント番組部が決めたこと。

(こちらも、「業界のドンに睨まれながら復帰できた例」として、その道の人には電撃的なエピソードなのだとか。)

紅白歌合戦で、初めて小林幸子さんの「千本桜」を聴いて

ここからは、一視聴者としての「わたし」の体験の話になります。

小林幸子が今年の紅白に出て、千本桜を歌うらしい」という噂は耳にしていましたが、そのことは半分忘れて大みそかを迎えていました。

実家のTVの前で作業の傍ら紅白を聞き流していると、白組司会のイノッチが「ラスボス」という文言を口にしたので、ちょっと意識を向けました。

「そういえば、あの小林幸子ボーカロイドの曲を歌うんだよな…」と、直前になってわくわくと興味が湧いたのです。

なお、わたしの前提知識は以下のようなものです。

  • 知っているボーカロイドの人数は両手の指で数えられるくらい
  • 「千本桜」オリジナルPVは一回だけ見たことがあり、曲は覚えていた
  • 「歌ってみた」動画は見たことがない
  • 小林幸子は「紅白のトリで出てくる、巨大衣装のヒト」ぐらいの認識

同程度の浅い知識の方は、きっと日本にたくさんいることでしょう。

小林幸子さんがステージに上がって、せりあがる巨大衣装で歌うことは紅白の定番となっていますから、今ではそのことで驚きを生むというのも難しくなっているのではないかなと思います。

その一方で、もともと一般の方が作りWebで普及した楽曲を、小林幸子という国民的な演歌歌手が歌うということには大きなインパクトがあります。

  1. ボーカロイドでは表現できない圧倒的な歌唱力によって、秀逸なメロディ・歌詞・楽曲アレンジを昇華させる
  2. 誰もが知っている小林幸子が歌う事によって、千本桜という(メジャーの音楽市場に比べれば)狭いコミュニティの中で愛されてきた楽曲が衆目を集め、より広い層の興味を引く
  3. 必ずしも商業利用を前提にしない形で楽曲が供給されるWebメディアから、成熟した大規模な演出と配信を得意とするマスメディアへ進出するという前例ができた(それも最も大きな舞台で!)

1.については、「環状線を走りぬけて」「断頭台」「光線銃」といったキーワードを、一流の演歌歌手が艶やかな声で歌い上げることに面白味を感じました。

2.については、演出に「コメント」「弾幕」といったニコニコ動画のアイコンを使ったことで効果があったかと思います。

まったくWebの文化になじみのない家庭もあるでしょうが、子供を交えた大みそかの団欒においてなら、一人くらいニコニコ動画を知っている方がいるほうが自然でしょう。

全国のお茶の間で、小林幸子さんが昨今ニコニコ動画の領域で活躍していることを知る人が生まれ、それを家族に伝えることで、

「人が歌う楽曲として遜色ない音楽群」として、広くボーカロイド曲が見直されるきっかけになりうるはずです。

3.は漫画やイラスト、小説などの他の創作についても言えることと思います。

漫画雑誌の編集者がよい人材を探すのにWebから探すことがあるという話を聞いたこともありますし、

Webからの人材供給、作品供給はあらゆる分野で増えていくのでしょう。

小林幸子の「警戒を解く」力

ニコニコ動画ボーカロイドといった文化は、ちょっとアングラな感じもするし、

ボーカロイドファンのコミュニティは「人の歌唱を機械(合成音声)によって代替できるという主義の人たち」というレッテルを貼られて、警戒されがちなものかと思います。

わたし自身にとっても、ボーカロイドを礼賛する言論には違和感を覚えることが多く、あんまり積極的に知りたいとは思えない領域でした。

でも、旧来の音楽シーンで頂点に上り詰めたことのある小林幸子という人間が、この領域に深くコミットしているという事実は、随分とその警戒心を緩ませ、

もっとこのジャンルのことを知りたいという気持ちが俄然湧いてきます。

その理由の一つは、今後この領域からメジャーにヒットする楽曲がさらに出てくるかもしれないという期待感が膨らむからということです。

小林幸子さんの場合は、もといた領域で活動が難しくなったという事情も手伝って、Webという新しいメディアで提供される楽曲群に接近したという向きはありますが、結果として紅白という大舞台で披露するにまで至った訳です。

これがマイルストーンとなって、今後自らWebの音楽シーンに接近していくプロのミュージシャンが増えていったり、 気軽に楽曲を作って投稿出来るWebの風土から、特に良質な音楽は別の領域へも巣立っていくという新しいスタンダードが出来上がるかもしれません。

小説やブログ、Web漫画にも「書籍化」という大きなステップアップがありますが、

とても小さな初期投資から参加出来る媒体を抜けだし、大きなインフラ、大規模なキャストや演出への展開が起こりうるというのは、千本桜の見せた「初夢」と言えそうです。

feat. 初音ミクだけに…。(言っちゃった)