読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゲームに没入できない時間の謎 スリープユーザー掘り起しの鍵になる?

スリープユーザーを揺り起こすという責務

わたしが大学3年生だった2014年2月、記録的な大雪が降った日に、任天堂会社説明会東京ビッグサイトで行われました。

以前にもイベント等で何度か足を運んだ場所でしたが、あたりは吹雪いていて、傘をもぎ取るような強風も吹いていました。

現在大学院生であるわたしは、その時にはほとんど進学の意思を固めていて、就活への熱意はさほど無かったのですが、

希望就職先の筆頭である任天堂に関しては一度直接触れてみたかったのです。

イベント等では足を運ぶ事の無い7階の会議室には、わたし同様の格好をした多くの就活生で犇めいていて、

着席してしばらく経つと、岩田社長が登壇し1時間程度の講演をしました。

そこで、「スリープユーザーを減らす事がわたしの就任以来のミッションだが、いまだ達成できていない」ということを述べていました。

恐らくゲーム業界で一般的な枠組みだと思うのですが、人口を以下のように分割して考えるのだそうです。

ユーザー 定義
アクティブユーザー 過去半年間にゲーム専用機でゲームを遊んだ方
スリープユーザー ゲームを遊んだことがあるが、過去半年間はゲーム専用機でゲームを遊んでいない方
ノンユーザー ゲームを遊んだことがない方

ニンテンドーDSや、「脳トレ」をはじめとするタッチ!ジェネレーションズシリーズの登場で、

高齢者を中心に「ノンユーザー」の比率が大きく減少したことはよく知られています。

しかし、特に20代以上の年齢層において、スリープユーザーの割合がなかなか小さくなってくれないとのこと。

これは、わたし自身も、わたしの周囲にも思い当る事のある現象でした。

大人になると、ゲームをやらなくなる

大人になるにつれ、「ゲームに費やす時間がもったいなくなる」というのは、ある意味健全な感覚かと思います。

ゲーム以外のところに魅力的な娯楽や対象が増えるし、もちろん生活のための時間が増えていきますから、

元来「暇つぶし」としての性質の大きいゲームに対しては、関心を寄せづらくなり、遊ばないことが常態化しがちです。

ほかの選択肢が生み出す価値が大きくなる分、ゲームの相対的な価値が下がっていくんですね。

でも、わたし自身は、多様な体験やクリエイティブをわざわざ用意してくれるゲームという文化が好きですので、時間をつくって遊ぶようにしています。

そして、大人として遊ぶからには、子どもの頃に出来なかった楽しみ方をしたいところ。

「絵・文・音楽」のクリエイティブと結び付けて、ゲームの体験に個人的な活動を上乗せするようにしています。

もちろん、遊んでいる際はそういう事は半分忘れて、ムキになっている訳ですけれど。

でも、「どうも今日は集中出来ない」ということもあります。

ゲームに費やしている時間に無駄が多いように感じ、何だか気が散るような感じがして、すぐ止めてしまったり。

みなさんも経験ありませんか?

没入感が欠ける理由、ジャンルごとに整理してみる

よく、ゲームの体験を特徴づけるのに使う「没入感」という言葉があります。

「ゲームの世界に入り込んでいるような感覚」のことで、ゲームが好きな方ならきっと、日常的に感じているものです。

没入感が欠けると言うことは、昔は滅多にありませんでした。大人に特有の現象なのかもしれません。

どういう心理が働いているのか、ちょっと考えてみました。どうもゲームジャンル毎に分けて考えると良さそうです。

RPG,SRPG - 時間投資のリスクに耐えられない

大人になって遊びづらくなるゲームの筆頭に、RPGSRPGがあります。

ここで、「時間投資」という造語で説明をしてみましょう。

株や債券を買ったり、設備を買ったり人を雇ったりするのが金銭的な投資ですが、

将来のリターンを期待して、何かに時間を費やしてみることを時間投資と呼んでいる訳ですね。

お金と時間には、ふたつの良く似た性質があると分かります。

  • リソース(時間、お金)が有限である
  • 投資に対するリターンが確実ではない

ここで、リターンと呼んでいるのはキャラクターが強くなったり、ストーリーが進むことを表しているのではなく、

あなたの人生に対するリターン、つまり「このゲームを遊んでよかったという体験そのもの」だと考えてください。

RPGSRPGを遊ぶときは、レベルを上げたり、ストーリーを進めたりすることにふんだんに時間を費やします。

これは、「物語のつづきや、強くなっていく仲間、魔法などの新しい要素に期待して時間を投資しているのだ」という見方が出来ます。

投資するからには、その時のあなたは、相応の見返りを期待しているはず。期待は裏切られていないのでしょうか?

みなさんは、過去に遊んだ作品を思い返して、「レベルを上げた時間以上のリターンが得られなかった」というゲームはどのくらいあるでしょう?

わたしの感覚ですが、たぶん50%を超えると言うことは無いのではないかなと思います。

RPGSRPGの展開には、小説や映画顔負けのドラマが隠れている事がありますし、遊んだダンジョン、冒険したマップは、遊んだ人間には強いリアリティを持って迫る力を持っています。

決して、万人が10年後に「ムダな時間を費やしてしまった」と後悔するような代物ではなく、対価には相応の体験や、満足感を返してくれるシステムに仕上がっていることが多いはずです。

(もちろん「思い出補正」という言葉がある訳ですが、今はその効果がさほど強くないものと仮定しましょう。)

大人になってから時間のかかるRPG,SRPGを遊びづらくなるのは、こんな理由から来ているのではないでしょうか。

  1. 他にやる事があって(時間を投資する対象があって)、遊んでいる時間が悠長に感じる
  2. 時間が取れなくなり、クリアー出来ない(最大の見返りが得られない)可能性が高い
  3. 目の前の喜びに反応しづらくなってきている

1と2はこれまで説明したことから直接推論できることです。

3は少々変則的で、多くのRPGには「もう少しでレベルが上がる」とか、「もっと強い装備が欲しい」とかいった、「目の前に吊るされた人参」のような要素があって、

それを手に入れて進んでいくうちに、どんどんクリアーに近づいていけるようになっています。

何時間、何十時間というプレイの先にある事柄を目指して遊ばせるということは実際にはなく、ちょっとした達成感の連鎖によってプレイヤーのモチベーションを維持しています。それは今も昔も変わらない構造です。

大きな時間投資による大きなリターンと、小さな時間投資による小さなリターンのハイブリッドで、多くのRPG,SRPGは成り立っているのですね。

「小さな時間投資による小さなリターン」には、レベルアップのファンファーレや成長、「おつかい」を済ませてキャラクターから感謝されたり、報酬を受け取ることが出来るなどの事象が挙げられます。

ついつい時間を使いたくなる仕掛けに「乗り気でなくなる」ということが、大人になるにつれあるように思います。

(今日のところはここまで!この記事は加筆予定です。)