ワゴンの無いマーケットへ ニンテンドーeショップが起こす、ゲームの流通革命

「ソフトを差し込む機械」が「メディア」に変わるとき

かつてゲームハード(いわゆる、本体)と言えば、ソフトが無ければ沈黙しているだけの機械でした。

ところが、近頃のハードと来たら、きわめて饒舌。

自分からユーザーにアプローチし、新作ソフトの情報を伝えてきたり、ショールームのようなサービスを提供したり。

これらの機能の登場は、ゲームソフトのダウンロードが可能になったことと深く結びついています。

かつておもちゃ屋さんの領域だったゲームソフトの販売が、ゲームハードそれ自体に取って代わられ始めています。

この記事はわたしがニンテンドーeショップを使用して感じる事と、 それによって起こるポジティブ/ネガティブの変化を予測するという内容の記事です。

マーケットの変化についても、ちょっとだけ触れるつもりです。

まず最初に、最新のハードがいかに過去と異なる機能を発現しているのか、 ざっくりと経緯をおさらいしておいても悪くは無いでしょう。

ハードはいかにして「自律的に呼びかける力」を持つに至ったのでしょうか?

ゲームハード自身が、呼び声を持つまでの経緯

かつてゲームの「ハード」と「ソフト」は一体のものでした。 ハードは内蔵されたソフトを遊ぶための機械だったのです。

スマブラ for WiiU / 3DS」に「テレビゲーム15」というアシストフィギュアが登場しますが、 あのキャラ(?)のオリジナルは、15種類のソフトが内蔵された、古典のハードですね。

そこにエポックを起こしたのはAtari2600。

ROMカセットを導入し、ゲームプログラムをハードから切り離した別個のものとして販売できるようにしたハードです。

以降、その仕様がスタンダードとなり、ゲームソフトの供給ははるかに容易になります。

そこから少々時代が飛んで、PlayStationが発売した1994年。

PlayStationは記録媒体にCD-ROM、補助記録媒体にメモリーカードを採用し、 ユーザーに「ソフトなしで操作」させる必要に迫られました。

それ以前のハード、たとえば任天堂ファミコンスーパーファミコンPlayStationのライバル機であったニンテンドー64は、

ソフトを挿さずに電源スイッチをONにしても、画面は真っ暗のまま。それでも問題は無かったのです。

PlayStationがその仕様から脱却する必要があったのは、 ゲームソフトのセーブデータ管理を本体メニューから行う必要があったため。

一世代遅れてメモリーカードを導入した任天堂ゲームキューブは、 初めて本体メニュー画面を用意し、「ソフトなしで操作」が可能になります。

ハードが単体で起動し、操作可能な時代がやってきました。 でもここまでは「セーブデータをユーザーが管理する」という、従来のゲームの文法に乗っとったお話。

インターネット接続が標準的に使えるようになると、 とうとうハードを介したゲームソフトのダウンロード購入が可能になりました。

Xboxの「Xbox Live Arcade」、Wiiの「ショッピングチャンネル」、PlayStation3の「PlayStation store」といったサービスが開始され、

ダウンロードの機能を提供するとともに、バーチャルなショーウィンドウとして新たなマーケットとなります。

この領域、どのように機能しているのでしょう?

パッケージより遥かに情報伝達力の高いメディア

ゲームソフトのパッケージの作りこみは、過去のほうが今よりも重要な要素だったことでしょう。

ユーザーはみな店頭でパッケージを眺め、手に取り、書かれた情報を手掛りにして、 どの体験を選択するのか決めるのですから。

もちろん、「口コミ」や「Webや雑誌での下調べ」「友達づきあい」といった要素も重要ですけれどね。

いまや、購買の経路はずいぶんと多様化しました。

  • 従来のパッケージ版購入
  • オンラインショップを介したダウンロード版購入
  • 店頭でのダウンロード版購入
  • 店頭でのダウンロードカード購入

オンラインショップの有利な点は、「ゲームの情報を仕入れる」という行動と、「お金を払って買う」という行動がとても近いことです。

しかも、仕入れることの出来る情報には「動画」「膨大なテキスト」「買ったユーザーの反応」から「ファンによるクリエイティブ」まで含まれます。

昨日まで名前を知らなかった未知のゲームに対して、関心を持つようになるフックが、格段に仕掛けやすくなっているのです。

このフックについて、「意図的なもの」と「偶発的なもの」に区分してみましょう。

意図的なフック - 売り手によるマーケティング

ニンテンドーeショップを例に取ると、オンラインショップのトップページレイアウトが重要です。

ショップを開くと最初に表示される画面には、HOTなソフトに関する情報がひしめいていて、 縦にスクロールしていくと「スマブラ」や「MARIO MAKER」の横幅一杯使ったバナーや、各種ソフト一覧へ飛ぶボタンがあります。

また「じっくり 絵心教室」「みんなの宇宙ツアー」といった、ユーザー規模のより小さいソフトや、 もしくは発売から時間が経っているソフトのバナーなどがコンパクトに並んでいます。

「どの商品を売りたいか」という意図と、「ユーザーの体験シミュレーション」をもとに、 縦長の画面にバナーをどう配置するか決めているものと思います。

かつてはパッケージによって決まっていたゲームへの購買意欲は、 現在ではこの「バナーのデザイン」に、かなり取って代わられているものと推測されます。

任天堂のダウンロード版売り上げは200億円以上に上るということですから、 いかにニンテンドーeショップで購買行動を起こさせるかは、販売戦略の一つの柱であると考えられます。

おそらく、Webサービスの設計に近い方法で分析しているのではないでしょうか。

偶発的なフック - ユーザーの情報発信

Webにショールームが出現したことのインパクトは、「顔の見えないユーザーの声が届くようになった」ことです。

ニンテンドーeショップMiiverseと連携していますが、 海外メーカーの小規模タイトルに対しては「これってどんなゲームですか?」という疑問の声と、 いち早く経験したユーザーによる回答が多数起こり、独特の活気を見せています。

また、まったく新規のタイトルに対しても、ユーザーによって投稿された、 共感のしどころのあるコメントやイラストが集まっています。

わたし自身の経験ですが、2015年10月14日に発売された「イトルデューの伝説 失われた島と謎の城」のバナーを見て、

独特の絵柄が気になり、「どんなプレイ感想があるだろう?」とMiiverseをチェックしました。

すると、「主人公、女の娘だったんか」投稿が。確かに、一見男性に見えるのです。

他にも、「主人公の表情豊かさがイイ!」というイラスト付きの投稿や、

ゼルダをプレイするといつもアクションで詰まるんですが、買っても大丈夫ですか?」という心配そうな声など。

だんだんと購入意欲がそそられ、800円という値段の安さもあり購入してしまいました。

ゲームのユーザー自身がゲーム購入の呼び水になるという、良い循環構造が出来上がりつつあるのだと思います。

ワゴンの無いマーケットがもたらす構造変化

最後に、「在庫」概念がない販売経路が生まれたことで、市場全体にどんな影響があるかを考察してみます。

パッケージを作る必要が無くなった時、メーカーのコスト削減という効果はあまり無いと言います。

もともとゲームの製造コストは制作費用であり、パッケージや流通のコストは無視できるほど小さいためです。

もっとも影響を受けるのは小売店でしょう。

「仕入れたものが売れない」という俗にワゴン行きと揶揄される現象が無く、 パッケージ版以外の経路に関しては、在庫リスクを考える必要がありません。

メーカーが出荷本数を抑えることによって売り切れが生じることはヒットタイトルにお決まりの現象でしたが、 ダウンロード版にユーザーが流れることで、緩和されていくものと見込めます。

また、「中古ソフトの販売」も不可能になるため、これまでメーカーに還元されなかった利益がきちんと作り手に届くようになり、

市場全体として健全な方向へ向かっていきます。

一番楽しみなのは「ユーザーの声とマーケティングのコラボ」

…と、分かった風なことを書いてみましたが、 わたしは流通の改善以上に、オンラインマーケットの活性化に期待しています。

ユーザーたちの生の声を織り交ぜた、未経験のゲームに対する魅力的な情報を届ける方法は、既に芽生えかけていますからね。

オンライン市場の活性化と並行して、ゲームハードを起動したユーザーを、 絶えずワクワクさせてくれるような仕組みづくりに期待したいものです。

おまけ - iOSApp Storeについて

ニンテンドーeショップ流通革命とか言う前に、触れるべきことがあるだろ!というご意見があるかと存じます。 よく家庭用ゲームの宿敵として対置される、スマートデバイス上のゲームです。

App Storeはあらゆるアプリのダウンロードツールとして機能し、 確実に毎日携帯するデバイスだけに、情報やサービスの流動性ははるかに上。

それに対してゲームハードのオンラインショップが優位性を持てるとするならば、以下のような要素かと思います。

  • プラットフォームの提供者がマーケティング方法を策定するため、マーケット全体のコントロールがしやすい
  • ソフトの供給源が限られているため、メディア上で取引されるソフトのクオリティやユーザエクスペリエンスが保証しやすい

言うなれば、「マーケットの制御により、ゲームという文化全体のデザインが可能である」という事が優位性かと思います。

ビジネスのプラットフォームとしてはApp Storeが優れていることは無論ですが、 ユーザーの体験を総合的にデザインするメディアとして、ニンテンドーeショップの優位性も認められるのではないでしょうか。