終電ちゃんスピンオフ ~夜の盟約~ が素晴らしかった

久しぶりに痺れる漫画を読んだのですが、スピンオフというハードルの高い形態。 読まれなかったはずの方に読んで頂くにはブログの出番だろう、と思い久しぶりに筆を取ります。

皆さんは『終電ちゃん』という漫画をご存知でしょうか。 藤本正二氏が描く、現代日本が舞台の鉄道漫画で、 毎夜終電にだけ現れる「終電ちゃん」という存在を取り巻く、夜の物語です。

今回の更新はその「スピンオフ」の紹介になります。 ああ、といってご存知ない方もウィンドウを閉じないでくださいね。「今からキャッチアップしてでもすべての人に読んでほしい」強烈なスピンオフだからこそ、この記事を書こうと思ったのです…。

スピンオフ掲載誌は、モーニング2018年27号

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出典:モーニング2018年27号 モーニング公式サイト - モアイ

鬼灯の冷徹』のアメコミ風表紙が目印の冊子になっています。

掲載位置は、 中綴じのモーニングを真っ二つに開いて丁度真ん中から読める位置 です。来週6/14には店頭から入れ替わってしまうので、ぜひぜひ今のうちに試し読みを。

多くの方に読んでほしいので、背景を解説してみる

下記、本編未読の方にスピンオフの凄みを伝えるという、少し骨の折れる解説に挑んでみたいと思います。 ネタバレは可能な限り回避しましたので、未読の方もご安心を。

『終電ちゃん』簡単な作品紹介

前述のとおり、不思議な存在「終電ちゃん」を中心に据えた本作。 作中で、終電に乗る事情は人それぞれです。

飲みの帰り、小旅行からの帰宅、仕事で家に帰れなかった人々…そしてもちろん、理由も分からない日常の「モブ」としての乗客たち。 せせこましく慌ただしく、でも少しだけ「いまの日本」に愛おしさと希望を感じさせるようなハートフルな漫画になっています。

第67回ちばてつや賞に入選した、読み切り版『終電ちゃん』は下記リンクから読むことができます。

www.moae.jp

「康介! 急げよ!! 明日も仕事だろ!」という終電ちゃんの台詞に代表されるように、 終電ちゃんは乗客全員の顔と名前を憶えているのですね。

この読み切りが大好評を博したそうで、その後2015年モーニング40号で連載化。「最終電車は、非情だけど、優しい。」というキャッチコピーが付きました。

morning.moae.jp

その後、中央線以外の路線についても「終電ちゃん」が続々登場。 終電常連のITエンジニアの男性とその同僚女性との関係の進展や、「終電ちゃん」の独占インタビューを狙う記者の登場など、基本は一話完結ながら話をまたいで展開するストーリーは、良作揃いのモーニング誌の中でも「気になる」作品に仕上がっています(本作は月イチ連載)。

池田邦彦氏の描く『終電ちゃん』が登場

『終電ちゃん』の連載開始後からおよそ3年後、 2018年のモーニング26号で予告された「池田邦彦氏執筆のスピンオフ」の話題がわたしの目を抉りました。

池田邦彦氏といえば、『カレチ』の人。カレチとは車掌のことで、昭和40年代~62年の「国鉄」(現JR)に勤務する新米カレチの荻野を取り巻く、職人的で少しワーカホリックな、国鉄職員の「誇り」を描き出した名作です(やはりモーニング掲載)。

その後も読み切り『甲組の徹』や、上野駅を舞台とする『グランドステーション』など、一貫して「鉄道漫画」をモーニング誌に提供してきた俊才です。

「モーニングには鉄道の漫画が二つ載っているなぁ」というのは本誌を読んできた読者誰もが思っていたこと。 その二作者をスピンオフという形で結ぶことはある意味「自然な発想」ですが、結果は果たして?

終電ちゃんスピンオフは鉄道愛を「外から」表現

繰り返しになりますが、池田邦彦氏は鉄道愛が誰よりも深い描き手です。

氏があえて鉄道と競合する「タクシー運転手」の目線で「終電ちゃん」を描いたのが、スピンオフ版『終電ちゃん ~夜の盟約~』です。

乗客のエピソード、車内の風景、終電ちゃんと個性豊かな乗客との関わり合い… そう言った「必須要素」を一切捨象し、老年のタクシー運転手という「終電には決して乗らない」人物に着目。 鉄道よろしく、一話一日ごとに異なる人物にスポットライトを当てて、哀愁たっぷりに、人の尊厳を映し出しながら描くことが得意な池田氏ですが、 今回の「終電ちゃん」スピンオフのストーリーはまさしく「池田流」。

タクシー運転手の韮崎はタクシー運転手歴28年、 斜陽のタクシー産業に寄りかかって生計を立てるも、売り上げは右肩下がり。このままの生活で良いのか…と言うところがストーリーのポイントです。

半ば諦めながらも、見え隠れするタクシー運転手としての「誇り」。 その感情が「終電ちゃん」への憎しみとなって現れる一節も。これまでの本編で語られなかった「裏側」を描き出す視点で、本編ではわからない世界が繰り広げられます。

本スピンオフは安っぽい「対比」ではなく、タクシー運転手の誇りと悲哀を表現することにも余念がありません。短い読み切りの中で、気が付けば主人公の心へ深く入り込むことになるでしょう。

作中のタクシー乗客が既存読者の心を代弁する

本スピンオフで秀逸なのは、「終電ちゃん」に関する説明をバッサリと省いていること。

初見読者にとっては実体のつかめない「何者か」、我々読者にとっては「おなじみの存在」として、どちらの読者にも読めるよう配慮されています。

タクシー運転手であるがゆえに終電ちゃんの存在を知らない韮崎が、「終電ちゃんって要するになんなんです?」とタクシーの乗客に尋ねるシーンで、 「つまり終電ちゃんは…」という活き活きとした台詞が飛び出します。 これは我々既存読者の感情との重ね合わせではないかと思います。

たきめしはこのコマで、 これぞスピンオフ!! という強烈な手応えを抱いたのでした。

さて、本作の魅力で紹介できるのはここまでです。終電に乗り損ねた乗客を送り届けるタクシー運転手の韮崎、そして「我らが」終電ちゃんとの関わり合いとその顛末については、ぜひ本誌で確かめてみてください。

お手本のような理想的スピンオフを広めたかった

以上、本記事は両作品をご存知ない方にキャッチアップいただけるよう情報をまとめてみたつもりですが、「いかがでしたでしょうか?」

「キャラもの鉄道漫画」のスピンオフ企画を「鉄道漫画の名手」に渡すという以上に、 本作の構成がとにかく両者のいいとこどり、秀逸が過ぎたので広めたく、興奮して解説をしてしまいました。

『終電ちゃん』をもともとご存知の方もそうでない方も、ぜひ今週のモーニング27号を手に取ってみてください。

アプリ「Dモーニング」でも読めるみたいですよ!!

d.morningmanga.jp