等身大のSUPER MARIO RUN

2016年12月15日、スマホゲームアプリ『SUPER MARIO RUN』がリリースされました。

筆者は大学院生であるため、周囲には大学生・大学院生・社会人といった層が多いのですが、

Niantic Inc.と株式会社ポケモンが開発した「Pokemon GO」が社会現象となり、任天堂の株価を大きく引き上げたのに対して、

SUPER MARIO RUNに関しては期待の大きさに比べてユーザーの反響が芳しくないとか、売り切り型の採用・その料金設定、課金への導入を巡る批判が巻き起こったことで、しばしばネガティブな論調で語られたりもしています。

そういった議論をする際、わたしが違和感を覚えるのは、

SUPER MARIO RUNのリリースが及ぼす(とされる)影響が、一本のゲームとして見たときの同作と比べて不釣り合いに大きいという点。

(『リリース後4日間で世界4,000万ダウンロード』という規模感からすれば、仕方のないことなのかもしれませんが…。)

同作そのものはとてもミニマルなゲームですから、「任天堂がマリオをスマホに投入」というセンセーションに目を奪われるのはやめて、多少なり実験的なゲーム作品として捉えられるべきだと感じています。

任天堂スマホゲーム開発とSUPER MARIO RUN

任天堂スマホゲーム開発の理念は、岩田聡前社長がDeNAとの業務提携記者会見で言った「同じゲームを両者に出さない」という言葉に代表されます。

任天堂株式会社 株式会社ディー・エヌ・エー 業務・資本提携共同記者発表(Q2-1を参照)

つまり、スマホゲームはスマホゲームとして作り込み、コンソールゲームからの単純な移植はしない、と言うことと解釈できます。

youtu.be

上記の映像で紹介されている「片手であそぶ、新しいマリオ。」というコンセプトは、スマホを用いてのゲームプレイシーンを鑑みれば、とてもStraight forward(素直)なもので、それ自体に意外性がある訳ではありません。

つまり同作は:

という二つの事実を掛け合わせて出来たものであり、それ以上の大きなトリックをもつゲームでは無いと思うのです。

新作マリオとしてのSUPER MARIO RUN

SUPER MARIO RUNを新作マリオとして捉えたときも、単発ゲームとしてのインパクトが強い訳ではありません。

それを象徴するのが「新規ゲームスキン・新規BGMの不在」です。

(ゲームスキンという言い方は適切でないかもしれません。より技術的に適切な呼び方があればご教示ください)

従来からプレイヤーであった方ならばご存じの通り、SUPER MARIO RUNのゲームスキン、及びBGMは、WiiUの『New スーパーマリオブラザーズU』のマイナーチェンジとなっています。

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これまで、ゲームファンを虜にしてきた2D・3Dアクションとしてのマリオは、新しいゲームタイトルを開発するたび、その作品のためのゲームスキンとBGMを用意してきました。

youtu.be

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ゲームファンは、これら一つ一つのグラフィックと音楽に強く思い入れを持っています。

青空をバックに駆け抜けるマリオの姿、地上・地下・砂漠・雪原・お城といったシチュエーションを表現する音楽は、タイトル毎に鮮やかに更新され、それらはプレイヤーが自らのゲーム体験を思い返すときの重要な道しるべとなります。

その文脈で言うと、SUPER MARIO RUNは「マリオの進歩の歴史における重要な足跡」と言うより、コストを抑えつつ完成度を高めた「コンパクトな実験作」であるように見えます。

スマホ×マリオの掛け算がもつ意味

時折、そのスケール感を遥かに飛び越える勢いで語られてしまうのは、やはり「スマホへのマリオ投入」と言う事実そのものが大きな影響力を持つためでしょう。

たしかに、同作について注視すべきところは沢山あります。

特に「スマホでしかゲームを遊んだことの無い層に向けたアプローチ」という文脈で語られるとき、ゲームファンや識者が同作から様々な知見を引き出しているのには、とても面白く感じました。

この点については、わたしはスマホゲーム市場に詳しい訳ではないので、おすすめのWebコンテンツを貼るに留めておきます。

n-styles.com

以上、同作を巡る議論について思うことについて述べてみました。

筆者はゲームプレイの進捗に関してはかなりルーズなタイプなので、まだ用意されたステージを全て遊んですらいないのですが、今後も気付くことがあり次第Twitter等で発信していきたいと思います。

(大したことは呟きません…あしからず。)