読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

初心者ナワバリストによる vsローラー奮闘記 中編

kotodamar.hatenablog.com


単身でバトルのマッチングに向かったタカナを見送ったSuckersの面々は、Bバスパークのメインステージの外周のそば…ステージの様子が見渡せる穴場へと移動しました。
次なるバトルを待ち構えるステージは、インクを塗られるべきコンクリートの地面を露わにして、静かに横たわっています。
間も無くバトルが始まる気配がしてきました。

「…折角チームでバトルしに来たのにさぁ、タカナちゃん一人で戦わすなんてな~。俺が守ってやりたかったな」
「聞いたろ?さっきと同じ条件で闘って、自分の動きが変わったか知りたいんだとさ」
ナワバリバトルのマッチングはランダムだが、今日は見る限りローラーが多い。敵に一人は入ってくれるだろう…むッ?」

先に復活ポットから飛び出したのは、タカナの属するオレンジのチームです。
タカナは先ほどと同じスプラシューターを持ち、スプラシューターコラボ、スプラローラー、N-ZAP85を持ったチームメイトと組んでいます。
チームメンバーの編成を見たケビンは、指先で自分の顎をなで、ポツリとつぶやきました。

「…ほう。これは吉兆だ」
「がんばれ~!タカナちゃん!」
「見てください、あの自信に満ちた顔!これはイケるッスよ!」

ケビンの言葉はやけに意味深でしたが、彼の不可解な言動はいつものこと。
メンバーは特に触れることなく、続いて現れる紫のチームの編成に注目します。

「きたっ!ローラーだよ!」
「丸太にクラーゲスの刻印!スプラローラーコラボかッ…」
「あー、自分がイマ一番欲しいブキッス!うらやましいぃ…!」

巨大な得物を抱えるのは、カンカン帽子を目深に被った少女でした。
高台に…そして、高台の向こうに居る敵4体に視線をやり、静かな目でバトルの開始を待ち構えています。

「夏のBバスにはニワカが多いってね…。アタシのローラーで轢きツブして、新作ギアのタネ銭に変えてやるワ」
「…なんか、バッチリメイク決めた女の子ッスね。帽子だけ浮いてます」
「賞金目当てのファッショニスタ系か?イカンカンは日焼け対策だろうな」
「リューカもデートが近いときに被ってるよね~」
「うるさい」

ギアブランドのバトロイカナワバリバトルの運営に参入し、潤沢な資金力に物を言わせバトルに賞金をかけてからというもの、賞金目当てでバトルに参加する層が出現しました。
低ランク層の一定割合を占めており、中にはギアの購入費用をすべてバトルでまかなう者も存在します。
目的がおカネであることから、ナワバリバトルの世界ではあまり良い顔をされない存在ではありますが…対峙したときに必ずしも歯応えのない相手とは言えないようです。
勝利したチームには賞金のボーナスが入ることから、彼らは彼らなりに工夫しており、
勝ちやすい得意ステージを見つけたり、戦略を練ることで、驚くほど高い勝率を誇る「なんちゃって」ナワバリストも存在します。
ただし、Suckersのように、バトルで上を目指すことを第一義としている者たちとは相容れないところは、
彼らの多くは特定のブキ、特定のステージでの闘いを前提に勝率を高めていくこと。
多様なブキを持ったナワバリストが4VS4で闘うことから生じる様々なシチュエーションを紐解いたり、
ブキを横断した立ち回りを身につけたり、あらゆるフィールドと戦局で闘う実力を付けるということにはあまり興味がないのです。
その意味で、スプラローラーコラボを抱えた殺気満々の少女は、このステージでの立ち回りに限り、それなりの自信を持っていることが伺えます。
まだ実戦経験の浅いタカナにとっては、危険といえる相手でした。

「あのう、ローラーの方…なるべく頑張って道を作りますからねっ」
「ん?」

スプラローラーコラボを抱えた紫色の髪の少女が見据える先には、もう一人、ローラーを抱えた人物がいました。
狭い復活ポットの左側に待機しているタカナの右手、先頭に立つスプラローラーを抱えた少年は、
後ろから聞こえてきた少女の声に反応を返します。

「助かるわ。ちなみにオレはローラーの方じゃなくてファダってんだ、よろしく頼む」
「! こちらこそっ!」

「シューターが居ないとローラーは活躍できない」というミツの受け売りをもとに、
タカナは勇気を出してローラーの手助けを買って出たのです。
アイロニックのロゴの入った白いTシャツを纏い、スプラッシュゴーグルを額に乗せた少年は、
口調はややぶっきらぼうながらも、一期一会の気持ちをしっかりと持った人物であるように見受けられました。
長年夢見たハイカラシティの中心で、初対面の少年に意思が通じた嬉しさから、タカナはぱぁっと表情を明るくします。

「メンバーに声掛けしてる。タカナちゃんらしいね」
「…僅か3分の勝負の最中に、信頼を築くという難問。声を掛けることが解決の糸口かも知れない」
「調子の良いことを言ってるんだろうが、せいぜい言葉に追い付ける動きが出来るよう頑張るんだね」
「たった一つでも、弱みをしっかり克服したタカナちゃんなら、ゼッタイ負けないッス」
「う~、緊張して来た。あんだけ得意げにレクチャーしといて、役に立たなかったら赤っ恥だぜ…」

Suckersの面々は、4人と4人が今にも走り出さんと前傾姿勢を取ったことから、バトルが始まることを察知します。
遠く離れた2つのチーム、そのスタートを同期させるために使われるのは、それぞれの携帯にインストールされている、ナワバリバトルの公式アプリ。
イヤホンから響く「Ready」の声に続き…銃砲がバトルの開始を告げました!
選曲されたBGMは、Squid Squadの「Metalopod」。重厚なベースのリフが特徴的で、とりわけダークな印象のある曲。
シューターの発射音が一斉に折り重なり、ローラーを叩きつける衝撃が地面を揺らします。

「始まった!タカナちゃんは…まず、正面に向かったみたい」
「さて、敵との最初の接触はどんな結果になるかね」
「敵にチャージャーは居ないってことは、真っ向からの撃ち合いになりそうだな。まずここを制すれば有利だぜ、タカナちゃん」

タカナは自らのインクが詰まった自動銃を高く構え、大きく抉れたボウルのセクションを外から塗ったかと思えば、
イカダッシュで助走をつけ、ボウルの中へと飛び込みます。
少々おっかなびっくりではありますが、不安定な足場を駆け抜けていきました。

タカナの前には、細くコンパクトな銃身から、軽快なスピードでインクを射出するブキ…N-ZAP85を持ったチームメンバーの後姿が見えます。
今日の天気を照り返したような太陽色のTシャツを着込んだ彼は、タカナの進む道を次々確保し、ボウルの出口にあたる急斜面をオレンジのインクで塗りつぶしました。
円弧状に切り立ち、縁はほぼ90度に達する地形をイカの状態で登って、縁へひらりと着地します。タカナもそれに倣い、ボウルのセクションを抜けました。

そこで見えてくるのは、Bバスパークの象徴である、円柱形の高台です。
N-ZAP使いのチームメンバーは、高台の右側を抜けて、敵陣へ続くルートを選択したようでした。

(それじゃ、わたしはコッチだ)

二人は川に流れる水が大きな石にぶつかって分かれるように、高台に向かって右のルートと、左のルートをそれぞれ選択することにしました。
タカナが塗り進む左のルートはまだ手付かずで、敵の侵入してきた形跡…青のインクは塗られてません。

(まだ敵は来てないんだ。最初にやっておくべきことは…)

左のルートの入り口は、筒を4等分したようなクォーターパイプの下り坂になっています。
身長ほどもあるその地形は、ヒトの姿で行き来するには少々無理がある高さでした。

(この入り口の、クォーターパイプを塗ることだ)

タカナがナワバリバトルに必要な身体能力を備えていることは、先輩たちにより確認済みです。
このエクストリームスポーツに参加しようという者は、戦局に応じて生じる要求に満たすよう、思い通りの動きが出来るような運動神経を身につけていなければなりません。

クォーターパイプに背を向けた彼女は、斜面が平面になる底までの距離を見計らって、思い切って縁を蹴飛ばします。
手にした得物のトリガーは引いたまま、横にすっと銃口を横切らせると、クォーターパイプの曲面に着弾したインクが、黄土色の表面を鮮やかなオレンジへと変化させます。
これで、どこからでもイカダッシュで這い上がれるようになりました。

「うん。タカナちゃんはやっぱり飲み込みが早い」
「さっき、自由に間合いを取れるようにしろと言ったからな。広場で追い詰められたら逃げる算段か」

右手に高台を見据えながら、タカナは広場を着実に塗りつぶしていきます。
点対称のステージですから、自分がやって来た道と同じ道が敵にも用意されていますが、そこから敵がやって来る気配はありません。
高所の有利を取るために、高台に登ろうかと、一瞬だけ意識を向けたそのとき。

「わっ!?」

突然、青のインクがびしゃびしゃと地面を濡らし、タカナの足元にまとわりついてきました。
飛んでくるインク弾の速度は衰えており、物理的に肌を打ち付ける痛みはありませんが、属性の違うインクは肌に触れただけで反応がはじまります。
タカナは軽く動悸がして、呼吸は浅くなり、目の下が赤くなるのを感じました。条件反射で抜け出そうとするも、力が入りません。

「な、何コレ。どこから来てるのっ」

敵が来るとしたら、自分が来たのと同じ正面からか、左手のハーフパイプを抜けて現れると思っていたタカナは、突然現れた謎のインクに面食らってしまいました。
慌ててスプラシューターを縦に構え、自分のクツめがけてインク弾を発射します。防インク加工のギアをつるつると滑って、オレンジのインクがタカナの足元を確保しました。
いま取るべき行動は、逃げること。そう思ったタカナは、先ほど確保したクォーターパイプめがけ、全速力で泳ぎます。
幸い、退路は敵のインクで侵されておらず、どこに居るか分からなかった敵が目の前に立ちはだかることもなく、タカナはクォーターパイプを登りきって安全を確保します。
ヒトの姿に戻ると素早くブキを構えて、自分が走り抜けたルートから敵がやって来ず、インクが飛んでくる気配もないことを確認し、一息付きました。

(ふぅ、助かったぁ)

タカナは得体の知れなさから、さっき立っていた位置を嫌い、右のルートからN-ZAPを持った少年の後を追うことにしました。
謎のインクの正体を暴くことは、ひとまず先に持ち越すことにしたのです。


タカナはハーフパイプを通って広場へ出る道を、単に前線に向かうルートとしか認知していませんでした。
寄り道のようにひっそりとあるクォーターパイプをいくつか登ることで、見張り台のような場所に通じることを、彼女は知らなかったのです。
今まさに、青のインク弾をばら撒いて、低所ばかり気にしていた初心者を脅かした者がそこに立っていました。
タカナはその位置の存在をそもそも知らなかったがため、どこからインクが飛んできているか判断できなかったのです。

「ちぇっ、逃げられちまった。無防備だと思って見くびった!退路を塞いでおくんだったぜ」

そこに陣取っていたのは…ミリタリールックのブーニーハットを被り、アイボリーのシャツを着た少年。
手にするブキは、射程の利を最大限に有する、メカチックなシューター…ジェットスイーパーです。
敵を追い詰め、戦略的に仕留めるのが好きなタイプらしく、いま仕留め損ねた相手を惜しがっているようでした。

「まぁいいや。仕留める方法は一つじゃないしな」

彼は、自分が大型の兵器を抱えてきていることを思い出し、そちらで今仕留め損ねた敵を追い詰めるのも一興と思い直しました。
お楽しみはこれからとばかりに、見張り台からじっくりとナワバリを増やしていきます。

(あ、いたっ。前線で闘ってる!)

左のルートをあきらめたタカナが、右のルートから広場に降り立ったとき、N-ZAP85を持った仲間は敵との交戦の真っ最中でした。
まだらに塗られた地面の中で、オレンジのインクのところを上手く泳ぎながら、敵のインクを塗り返してけん制しています。
ただ、射程の短いN-ZAPを持っていることから、塗り合いにおいては若干押され気味であり、じりじりと後退しているようでした。

「嬢ちゃん!カモォン!助けてくれ!」
「! はいっ!今行きますー!」

タカナは手投げのボムを持っていたことを思い出しました。
スプラシューター付属、地面や壁に触れるとすぐ爆発する運用しやすさと、連投可能な使い勝手のよさが魅力のクイックボムです。
タカナは仲間の下へと走り寄ると、自らのインクから生成したボムを2発、腕を思い切り振って放り投げました。
クォーターパイプに挟まれた位置にいるはずの敵を目掛けたのですが、命中した様子はありません。
ダメか、と思ったその瞬間。

(うわ。来た来た来たっ)

どくん、と心臓が一つ打ち、ぶらんと垂れ下がっていたゲソがぴちぴちと音を立てて、自分の意思とは関係なしに震え始めました。
インクリングの本能が目を覚ましたのです!
インクを極めて早いスピードで身体から抜き取られ、身体の組成を保つため大量に新たなインクを生成せねばならない状況に置かれたとき、
インクリングは極度の興奮に陥り、己のインク袋が本来持つポテンシャルを100%引き出して、無尽蔵に近いほどインクを生成できるようになるのでした。
そして、その特性をスポーツのルールとして活かした恐るべきシステムこそが、強力な「スペシャルウェポン」の存在なのです。
スプラシューターを持つタカナの場合、クイックボムを無制限に放り投げるというジェノサイド…「ボムラッシュ」発動の合図となります。

(これは、行くしかないっ)

敵が近くに一人いる、ということは分かっていました。先ほどまで仲間と交戦していた姿が見えたのですから。
先ほどの自分のようにクォーターパイプを伝って逃げたところかも知れませんが、倒すことは出来ないにせよ、前線を大きく前に進めるチャンスとなるはずでした。

「チャンスだっ!行っちまえ、嬢ちゃん!」
「はいぃっ!」

タカナの頭のランプが光ったことを見つけた仲間は、ボムラッシュの制圧力にこの場面を託すべく、タカナにスペシャルウェポンの発動を促します。
ちょっぴり裏返った返事とともにスペシャルウェポンを発動させたタカナは、近くの塗りは仲間に任せて、敵陣へと接近しながら可能な限り遠くの地面を塗るようにボムを投げていきました。

1発、2発、3発…クイックボム特有の小気味良い破裂音が響きますが、命中した手ごたえはありません。

(やっぱり敵はもう逃げちゃったのかな…? いや、まだまだっ)

4発目、そして5発目のボムが手から離れたとき。敵陣に通じるクォーターパイプの上に居るはずの、シューターを持った敵を探るタカナには、思いもよらない方向からインクの水音が鳴りました。

「あ、やばい」

その状況を間近で客観的に見つめていたのは、彼女の背後を塗り固めていた、N-ZAP85を持った少年だけ。
彼女の侵攻を頼もしく思っていた矢先、右手にあるバンカーの死角から…大きな得物を構えた少女が飛び出してくるのを視認したのです。
イカダッシュで最大限に勢いを付け、クォーターパイプを一っ飛びに飛び越えた彼女は、スプラローラーコラボを頭上に振りかぶっていました。
その目には、あさっての方向にボムを投げている獲物が、しっかりと映されています。
逃げろ、と言う時間も与えられず、彼に出来たことは…スプラッシュボムを彼女の足元に投げるけん制だけ。

「え?」

足元にコロン、とボムが転がってきたのに気を取られ、敵を追う集中を一瞬緩めたタカナの目の端に、
紫の長い髪の毛を空中に踊らせながら、スピードに乗った身体を大きく反らせて向かってくる少女の姿が写りました。
やられる、という戦慄とともに、時間の止まったような感覚に陥り。
次の瞬間に来るはずの大きな衝撃に備えて、彼女は今までそうしてきたように…目を瞑りそうになりました。
ところが。

「…さよならァハハッ!」

ローラーを振り下ろす瞬間、口元を歪めて、少女はそう言ったのです。
自分を格下として見下していることがはっきり分かる、耳障りな声色で!
タカナは心の奥底で、このナワバリバトルに足を踏み入れると決めさせた何かが、打ち震えるのを感じました。
伏せかけた目を、その少女のほうに向け、涙ぐんだ目をいからせ、しっかりと訴えかけたのです。

(…次は絶対、あなたなんかにやられない!)



巨大なローラーを身体にぶつけられて無事で居られる理由は、もともとイカには骨がないことと、
身体に降り注ぐ大量にインクの作用で、身体が傷つくより前に蒸散し、生物としての通常のカタチをとどめなくなること。
とはいえ、猛スピードで頭上から振り下ろされる凶器を目の前にして、恐ろしくないわけはありません。
ナワバリバトルを始めたての少年少女たちは、ローラーにやられるとき、つい目を瞑ってしまうそうです。
ところが、バトルを重ねるうちに、いつしかその恐怖は克服されていく。
その助けになるのは、殴られても無事で済むという知識ではないのだそうです。
いまタカナが感じたような…イカ特有の「闘争心」なのだとか。

「あっちゃあ…これは、責任取らんといかんね」

刹那のやり取りを近くから見つめていた少年は、ローラーをぶつけられた少女の顛末について、少々責任を感じているようでした。
自分が「行け」と背中を押した結果が、スペシャルウェポンを浪費し、一人の仲間をリスポーン地点送りにする失策につながってしまったのですから。

「このアンジ、仲間に体張らせておいて、自分は命を惜しむような野暮なボーイじゃないぜ。…ま、ローラー相手にするのは苦手なんだけどさ。オレも射程が短いから」

アンジは軽口を叩きつつも、先ほど突然現れては仲間を叩き潰し、また紫のインクに溶けていったローラー持ちの少女を警戒していました。
地面に接触してから、一定時間で爆発する「スプラッシュボム」と、連射性能に優れるメインウェポンを駆使し、敵が潜在するべき紫のインクを、オレンジのインクで塗り重ねていきます。

「…来た来た。zapperには、ちゃーんとステキな対策があるんだぜ。そらっ!」

アンジの身体が高揚し始めると、彼はすぐに「スーパーセンサー」を発動しました。
インクリングの本能的な索敵能力に、近代的なセンシングテクノロジーをプラスし、自分と異なる組成のインク袋を検知し、ステージに残った全ての敵の位置を可視化できるという兵器です。
ローラーを抱えた少女は、先ほどと同じ場所…バンカーの後ろの死角に潜んでいました。
彼がタカナ同様に敵陣へと攻め込もうとするところを、後ろから喰うことを狙っていたようです。

「おっしゃ、始末してやるぜぇ…およよ?」

居場所が露わになったローラーを追い詰めようと、アンジがN-ZAPを構えて慎重に接近していったところ。
ロケットが飛び立つような音を立て、マーキングした対象は、猛スピードで敵陣へと飛んでいってしまいました。

「…スーパージャンプか。見切りが早いこと」

不利な状況を嫌ったローラーの少女は、ごく限られた場所のみを対象として使うことの出来る高速移動術…「スーパージャンプ」を使ったのでした。
イカに生来備わったこの技能は、自分と同じ属性の、密度の高いインクが発する電磁波を頼りに行き先を定めます。
生きたイカが体内に持つインク袋と、蒸散した身体を復活させるポットだけがその条件を満たすことから、ナワバリバトルの戦略性を高める正当なアクションとして認められています。

「まーいい。他にも敵は3人もいるんだから。…っていうか」

近くに敵が居ないことをいいことに、アンジはマップで現状を確認し、他の標的を追う判断をしました。
ところが、彼は少々不都合なことに気が付きます。

「もしかして、まだ誰もキル取ってねえのかな、うちのチーム…?」

敵は4人勢ぞろい。
直接は視認できない高台の向かい側にうようよと蠢いて、今にも自陣やアンジの元へと侵攻しそうな気配でした。
そして、味方は自分を含め、2人だけが健在であることが示されています。

「…ちょっと旗色悪いぜ、こりゃ」


アンジが持った感想は、まだバトルを数戦しか経験していないビギナーにも見て取れるものでした。
リスポーン地点の復活ポットで身体を元通りにしたタカナは、マップを見て状況の悪さに色めき立ちます。

「すごく押し込まれてる…!わたしがやられちゃったから…?」

バトル開始から1分が経ち、ステージはオレンジと青のインクで満遍なく塗りつぶされています。
Bバスパークは復活ポットの真ん前にボウルのセクションがあり、その先に高台を中心とする広場、さらに敵陣側のボウルのセクションと、大きく3つのエリアに分かれています。
タカナが最初に侵攻をあきらめた左のルートが敵に占拠され、高台も敵の青色で塗りつぶされ、
先ほどタカナが攻め込んでいた、高台右側のルートも、アンジが自陣に撤退したことから今まさに塗りつぶされつつあるところです。
次の行動をどうすべきか思案しますが、良い答えは見つからず、まずは最も戦いの激しい正面を抑えようと一歩踏み出したところ。

「あっ、キミもやられたワケ?」

思いがけず背後から、快活な少女の声が聞こえてきました。

「うわぁ!…スプラシューターコラボのお姉さん?」
「呼び方、長いなー!リンドって呼んでちょうだいね。…早速だけど、キミはあっちをお願い」
「え?」

リンドが指差したのは、まだ敵が侵攻してきていないハーフパイプのルート。
いま敵が前線を押し広げている正面は、ローラーを持ったファダが辛うじて押さえ込んでいますが、
ハーフパイプの側は敵が順調に塗り進んでいるところが、マップからリアルタイムで伝わってきます。

「あっちも、破られるとヤバいの。このステージ、敵がなだれ込むルートが2つになったら、負けよ」
「で、でも、正面も守らないと…」
「ふふーん。アタシ、もうちょっとでスペシャルウェポンが使えるのよ。正面の敵、こいつでブッ潰してやるんだからッ」

秘境の天空にかかるという光を模した色のヘッドホンを着けた、いかにもハイカラシティを楽しむために生まれてきたといった風の少女は、タカナにチラと自分の隠し玉を見せました。
円筒状をした銃身の先頭に緋色の大口が空いた、ナワバリストの誰もが最大級の警戒を払うブキ…「スーパーショット」です。
敵を撃破するためにインクの密度がものを言うナワバリバトルにおいて、このブキから放たれる高密度かつ猛スピードのインクの渦は、使いようによっては不利な戦局をも跳ね返す絶大な力を秘めています。
使い手自身が興奮状態にないことから、まだ機能が眠った状態ですが、リンドの言葉を信じるなら、もうすぐ敵チームに牙をむくはずです。

「! それじゃあ、お願いねっ」
「任しといて!チャオ!」

リンドは勇んで激戦区となっている正面に向かい、タカナは右手に見える見通しの悪いハーフパイプへと向かいます。
劣勢ではありますが、味方と分担して困難を跳ね返すこのシチュエーションは、
ナワバリバトルに参加しなければ得られない経験であり、タカナにとって最高にワクワクさせる空気に満ちていました。

(…どうしよう。負けてるけど、楽しいや…!)

…これが彼女にとって初めての、「バトルのさなかに得た役割」であったことを、彼女は後々何度も思い返すことになります。



「…なーんかさー、さっきレクチャーしてたときはめっちゃ良い事言ってるわオレ、みたいにのぼせてたけど」
「ツルギくん、さっきはカッコよかったッスよ!」
「ありがとよ。…バトルが始まっちまえば、一つのノウハウが役に立つタイミングって少ないよな」

優勢時にローラーにやられないための立ち回りを伝授したツルギは、いまだその状況が出現しておらず、
タカナの戦績が思わしくないことに複雑な思いを抱えているようです。

「まぁ、そういうものだよね。逆に、あんなに整然とした話で片付いちゃったら、ナワバリバトルはつまらなくなっちゃうよ」
「お前が説明したのは、ローラーとシューターのメインウェポンの関係性だけだ。実際のバトルを紐解くのは容易じゃないだろ?」
「そっすよねぇ…」

強烈な日光に当てられて結露した烏龍茶のペットボトルを握りしめ、ツルギはバトルに見入っています。
N-ZAP使いの少年と連携して、.96ガロンを持った敵に立ち向かったところ。
決して悪くはないタイミングでボムラッシュを発動するも、横槍を入れてきたローラーの前に実らなかったところ。
そして今、明らかに味方の意見を聞き入れて自分の行動を決めたところ。
ツルギを含め、Suckersのメンバーは全て目にしてきました。
彼女は今、自分たちがこっそり観戦している場所から塀を越えてすぐそばの…ハーフパイプのところへと向かってきています。

「…仲間と連携して、よくやってるよ。頑張ってくれ、タカナちゃん」

小声で呟いた彼の言葉は、不思議と誰かの耳に入ってしまういつもの憎まれ口と同様、誰の耳に入っているか、知らぬは本人ばかり…でした。



(ま、まずは…ええと…)

味方が協力して塗り固めたボウルを抜けて、ハーフパイプにたどり着いたタカナは、そこが既に敵のナワバリと化していることから、慎重に行動を決めなくてはならないと考えました。
先ほどスプラローラーコラボを持った少女が隠れていた場所に通じていることもあり、また奇襲を受ける可能性が高いと感じたのです。

(インクの縁に立つのは絶対ダメだ。ローラーにもシューターにもやられないためには、常に敵が居ると思いながら塗り返すんだ)

タカナは視認できる範囲はスプラシューターを使い、死角はボムを放り投げて、紫一色になっていたハーフパイプをじりじりとオレンジで塗り返していくことにしました。
Bバスパークのハーフパイプは、単なる筒を半分に切った状態の道ではなく、その縁の上にはヒトが立つことの出来る足場もあり、筒の中にも進行ルートを制限する仕切りが立てられています。
横から、上から、死角から…どこから敵が出てくるか分からない獣道。それがBバスパークのハーフパイプなのです。
ですから、このステージで闘うのは2度目のタカナには、本来手に余るセクションのはずでした。
ところが…神はときどき、初心者に肩入れをするものです。

「いってェ!」

放つ手がそれて、期せずハーフパイプ上の足場に向かったクイックボムが破裂したとき。
バシッという小気味良い音を立てたと同時に、聞き覚えのある声が響いたのです。

(! 今の声…)

タカナはすかさず、ハーフパイプ上の足場にスプラシューターの弾が届く位置まで駆け寄ろうとしました。
…が、即座に踏みとどまります。

(敵は高い場所に居る。さっきのローラーの子だ…高いところに居れば、ダッシュジャンプで殴りかかれる射程はずっと長くなる)

ボムが命中した手ごたえはあるものの、敵はセンプクした状態を保っており、狭い足場にとどまっているのか、それとも死角から下に降りたのか、判断できない状態でした。

(まずは、あの足場を使えなくしよう!)

タカナはスプラシューターよりも射程の長いクイックボムを、今度はしっかりと足場の上に狙いを定めて放ります。
ボン!と音を立ててインクを撒き散らしましたが、今度は被弾の手ごたえがありません。

(やっぱり下に降りたんだ)

タカナは動きの中で、はっきりとローラーを持った敵を倒すビジョンを心の中に描きました。
足場に敵は居ない。そして降りる姿も見えなかったということは、敵の居場所はただ一つ。
足場の後方にある死角に、センプクしているに違いありませんでした。

(絶対に、倒す!逃がさないよっ)

先の一件でローラーの少女に並ならぬ敵対心を持ったタカナは、いつに無く攻撃的な気持ちに突き動かされていましたが、冷静さは欠いていません。
居場所が特定できている今こそ、突然飛び出してくるローラーに怯えなくて良い時間なのです。
その有利を確保するためにやるべきことは…。

「死角を囲むように塗るんだ!タカナちゃんっ」

ミツが叫ぶ間も無く、タカナは死角になっている壁際を取り囲むように、オレンジのインクで足止めを計ります。
耳に入れたイヤホンで観客の声は聞こえませんから、戦略を外からアドバイスすることにお咎めはありません。

「よおっし!その通り!ローラーやりまで、あと一歩だ…! 初心者とは思えない動きだよ~…!」
「落ち着け、ミツ」

冴えた動きを見せる後輩に、ミツはたまらず嬉しそうな顔を隠しません。
リューカも無防備にはしゃぐミツのことを抑えながらも、内心は後輩が初めてローラーをキルすることに、期待を高めていました。
一方で、彼女らの横に立つケビンは…自身の前線での闘いで状況を何度も覆されてきた、ある脅威に思いをはせていました。

「…いや、タカナは一つ、恐るべき反撃の可能性を忘れているな」

ケビンが不吉な予感を感じ取る間にも、タカナの作戦は進行していきます。
タカナの戦略の詰めは、インクの檻に閉じ込めた少女に近づく愚を犯さず、ハーフパイプの反対側の縁についた足場上から落ち着いて狙い撃つことでした。
そのイメージの通り、ハーフパイプをインクで塗りつぶしたタカナは反対側の足場に上り、ローラーの飛沫が届かない位置から、小さな紫のインクだまりが視認できるところまで漕ぎ着けたのです。

(あそこに居る!これでやっつけられるっ)

スプラシューターの銃口をインクだまりへとまっすぐ向けたとき、タカナは初めてローラーを倒す確信に満ちていました。
バシバシバシと、3発インクを命中させて、この難敵を排除できるはず。

そう決めて打ち込んだ銃弾が、敵の潜むインクに触れようとした瞬間。

キラリ、と音を立てて敵がその姿を晒したかと思うと、勝利の確信を込めて飛ばしたオレンジのインクは、乾いた音を立てて跳ね返されてしまったのです。
イカンカンが悪目立ちするファッショナブルな少女が姿が元とは思えない、
普通のイカよりも一回り大きく、キズのような模様が禍々しいその姿に、タカナは背筋がゾクリと凍るのを感じます。

(え…!?)

「まずい、ダイオウイカだっ!」

ギロリ、と鋭い目が、タカナを見据えていました。

「うわあ、忘れてた…!」
「逃げるッス、タカナちゃん~!」

タカナ同様、あと一歩でローラーの少女を倒せると確信していたSuckersの面々は、突然のダイオウイカの登場により、大いに喚きました。
タカナは、砂浜を呑み込む高潮のような音を立てて進撃する脅威が、ハーフパイプを隔てた向こうに居る自分の下へとまっすぐ向かってくることに恐怖しながらも、必死で「逃げろ」と自分の身体に命じます。
ところが。
慌ててイカに変身して走り出したのが災いし、オレンジのインクがまだらに塗られただけのハーフパイプ内へと落ちてしまいます。

「きゃあ!」
「うわ!アレはまずいよ…タカナちゃん逃げてぇ!」
「敵に近づいてどうするっ!」

さらに、ハーフパイプをうまく走り抜けようとするも、死角を作るため用意された仕切りに頭をぶつけてしまいました。

「あう…!」
「バカめっ!」

所詮は初心者、自分を追い詰めるときの動きは出来すぎていたのだ!
ローラーの少女にそう思わせるには十分なタカナの失策に、ダイオウイカに変身した少女は意気揚々と獲物に接近します。

(やばいっ…!)

頭を壁にぶつけたままのタカナは、何とかその巨大な脅威から逃げようともがきますが、
あせるほどに方向転換が上手くいかず、垂直に切り立った仕切り壁へと身体をめりこませてしまいます。
そうこうしているうちに接近した脅威は、地面を震わせてタカナへと飛び掛ります。

「死ねっ!」
(も、もうダメだっ…!)

少女は、かりそめの巨体を空中に浮かせて錐揉み回転し、見下すべき弱い生物に過ぎないタカナの表皮をズタズタに切り裂いていきました。
血しぶき…ならぬ、オレンジ色のインクしぶきが上がります!

「いやあ~っ!」

派手な悲鳴が上がりましたが、大丈夫。致命傷を負うことはありません。
性質の違うインクを浴びせられたものは、たちまち身体が蒸散してしまうのですから。
とはいえ、初めてダイオウイカの攻撃を受けたタカナは、回転に巻き込まれて自分の身体がねじれ、性質の違うインクと混じり合うのを体感し、奇妙な感覚を叫びに変えずにはいられませんでした。
…このバトルで二度目の屈辱を、彼女は味わわされてしまいました。

「うわああ、これは悔しいなぁ…!」
「しっかり退けば、やられることは免れたものを…!」
「ウオ~ッ、涙が止まらないッス~!」
「仕留める直前のダイオウ…!オレが一番許せないヤツだぜ、クソったれ!」

この結末に傷ついたのは、やられた本人だけではありません。
あと一歩で標的を逃がし、逆に自分がやられてしまったときの悲痛な気持ちをよく知るSuckersの面々は、みなタカナの顛末に共感し、天を仰ぎます。
メンバーが悔しさを口にする中、リスポーン地点に送られたタカナのことに気を取られる4人をよそに、ただ一人冷静にマップを見つめるのはケビンでした。

「…いや、まだ流れの途中だ!見ろ、我々が応援すべきは一人だけではない」
「え?」

ケビンが指差したところは、タカナが闘っていたハーフパイプではなく、もう一つの戦場で闘うオレンジの戦士たちの居場所。
タカナが身体を取り戻すまでの数秒間もまた闘いの渦中にあり、大きく状況が変化する可能性に満ちています。
ケビンはそれを見逃すなと、共に応援するメンバーたちに呼びかけたのです。

(つづく!)

kotodamar.hatenablog.com