We are Suckers! ~イカしたイカになりたイカ!~

機械油と、インクの焦げたにおいが漂う、ブイヤベースの一角にあるお店。
都会的でエネルギッシュな街の雰囲気とは一線を画しており、薄暗く、隠れ家のような空間ですが、
この街をいま賑わしている「一大ブーム」の中心地でもある場所です。

カンブリアームズははるか「大ナワバリバトル」の時代からここにあり、古くはタコとの大ナワバリバトルの勝利に貢献。
以後100年に渡るハイカラシティの発展の陰で、密やかなテクノロジーを積み上げながら受け継がれてきた店。

現店主のカンブリヤ ブキチは、銃器を扱うすぐれたメカニックであると同時に、「塗って競う」エクストリームスポーツで若者たちのハートに火をつけ、このお店を連日満員の聖地に仕立て上げたやり手のマーケターでもあります。


今日も今日とて、新しいブキを求めてやってきた客が、陳列されたブキを次々手にとっては、
あれこれとバトルの話に花を咲かせています。

しかし、ブームの賑わいは華とはいえ、それが疎ましいと感じる人間もいるようで、口髭のある、ちょっとやさぐれた雰囲気の男が店内に入り、若者たちの群れにチラと目をやると、速足に店の奥へと逃げ込んでいきます。

彼は高ランク者向けの目立たない棚から、鈍い銀色に光るシューターを手に取り、その銃身を改めました。

「テンチョー!これ、試し撃ちしてっていい?」

いつも自分から試し撃ちを勧めてくるブキチですから、答えは「YES」のはずだと男は決めてかかります。
ですが、今日の回答は意外なものでした。

「悪いけど、今はダメでし」
「え~!何でだよ?」
「団体様が練習中なんでしよ」

ジェネレーションギャップ、ここに極まれり。
ナワバリバトル黎明期からブキを手にしていた男にとって、この遊びは一期一会のもの。
「団体」とか「練習」とか、そういうものとは無縁の、互いの白熱した血をぶつけ合う勝負であるはずで、
彼は居心地の悪さに、顔を大いにしかめたのです。

「ハァ?団体様って。ナワバリバトルってたまたま出会った人間同士でやるもんでしょ?馴れ合いキライだわ~」
「自分も最初はそう思ったでしけどね」

手練れの男の複雑な思いを汲み取ったブキチは、お得意様がこのままヘソを曲げて帰ってしまうのはマズイと思い、いっそのことと建物の裏手に出る勝手口を指さします。

「よかったら、ちょっと様子を覗いていくでしか?」
「ええ。ヤダよ!若い連中の熱ボケに当てられちゃあ、たまらんわ」
「まぁまぁまぁ。おにーさんのお眼鏡にかなうファイターは居ないかもしれないでしが、一見の価値アリでしよ」
「…ふ~ん。店長がそう言うなら」

ブスッとした表情の男ですが、ナワバリバトルの年齢層がどんどん若くなり、果ては完全変身出来るようになり立ての14歳、というファイターまでが当たり前に登場し始めている昨今、若者たちの普段の様子を知っておきたい気持ちがあるようです。

店主のブキチに連れられて、普段は練習中のバンドのグルーヴが背景音の空き地へと向かい、いつもとは異なる…わあわあと若者たちが吼え、笑い、塗りに興じる現場へと足を踏み入れるのでした。

We are Suckers! ~イカしたイカになりたイカ!~


カンブリアームズの裏手は、かつて駐車場として使われていたものの、現在は区画設計の失敗のためビルに囲まれたデッドスペースとなっており、店主のブキチが並べたイカ型のバンカーが並ぶ、射撃練習場としてこっそり活用されています。

録音スタジオが隣に建っているため、いつも流行のバンドサウンドの断片が練習場には流れていますが、時々、某大物アーティストがお忍びで練習しており、音楽通はその音を密かに聴き分けるのが楽しみという噂もあります。

「ガヤガヤしてるねぇ。練習してるのは4、5、…6人か。げ、あの子なんてまだ14歳そこそこじゃね?」
「お目が高いでしね。話を聞いたら、昨日ハイカラシティに着いたばかりの、ピチピチの14歳らしいでし」
「くわーっ、マジかよ。まぶしすぎるぜ、若さが」

男は目を焼くような少女のまぶしさを避けて、日の光を遮るかのように手のひらで目を覆います。
視線の先にいる、対面するふたりのインクリングは、
一人は赤のラインが入ったヘアバンドにビブス、バスケットシューズのスポーティな出で立ちの少女。
もう一人はより幼く、大きなイカ文字の入った白Tシャツにスニーカーを履いています。

「タカナちゃん、本日は我々『Suckers』への入団、おめでとうございます!」
「は、はいッ。恐縮ですっ」

太い眉毛と、すぱっと断ち切られた前髪が印象的な少女は、
歓迎ムードで手をぱちぱちと鳴らす、めんどうみの良さそうな年上の女子に、
バトルに身を焦がす青春を誓うように、ガチガチに力を入れながら挨拶をします。

「そんな緊張しなくてもいいよ。あたしは指導係のミツ。よろしくね。みたところ14歳になったばかりのようだけど、もうバトルに興味があるんだ?」
「家にあった、古いシューターを撃つのが楽しくて…あと、オシャレにも興味あるし…」

タカナの言葉の後半は、今の自分の出で立ちとのギャップで、恥ずかしげに消え入ります。
ミツはにっこり笑うと、少女にとって宝物になるであろう代物を、目の前に掲げるのでした。

「ほ~、いいことだ。それじゃあ、早速この箱を開けてみたくてウズウズしているはずだね」

取り出だしましたるは、新品の「スプラシューター」の商品箱。
ナワバリバトルの世界でもっとも標準的なモデルですが、
製造法が規格化されていないため、取り扱っているのはここハイカラシティのカンブリアームズしかありません。
上京したばかりの少女にとっては、夢にまで見た品物というわけです。
わぁ、と目を輝かせると、飛びつくように箱を両手で受け取ります。

「わ、わたしが開けていいでしょうか」
「もちろん」

緑を基調とした銃身、オレンジ色のインクタンクがまばゆいブキがプリントされたパッケージを、
傷が付かないように慎重に開けていきます。
板紙でできた箱の封を切り、中に入っている緩衝剤の塊を取り出します。
白いプラスチックの緩衝剤を取り除けると、待ちに待った商品が目の前に現れました。

手に取り、感触を確かめます。持ち手や左手指のホルダー、マズルやタンクの手触りまで。
まだインクが入っていない分、重量は軽いはずですが、ズシリと手に落ち込む感覚は本物を感じさせます。

「すごい。感激だぁ…」

頬ずりしたくなるのを抑えて、少女は自分の指の跡が残るくらいに、しっかりと胸に抱き寄せます。

「そしてこっちが、背負うタンクね。早速背負ってみよー」

ミツはタカナを立たせると、透明でカラッポのタンクをリュックサックのように背負わせてあげました。
タンクを背負う間も、シューターは大事に手に抱えたままです。

「思ったより軽いんですね」
「これからインク入るからねー。これ背負ったまま走り回るから、結構キツイよ」

タンクとブキの状態を点検して、ミツはよしと頷きました。

「さすがですなー、カンブリアームズの製品に狂いは無し。じゃあ、早速撃ってみるよ!」
「はい!」
「持ち方はわかるね。右手で持ち手をしっかりとつかんで、人差し指をトリガーにかける。左手は指ホルダーにかける。そうそう」
「構えは、これでいいですか?」
「走ってる間とかは気にしなくていいの。大事なのは撃つときで、狙いが定まるように顔の近くまで持ち上げる」

タカナは恐る恐るシューターを顔のそばまで近づけました。
おろしたてのノートを使うときのような緊張感が伝わってきます。

「オッケー。そして、タンクで視界が隠れないようにやや右にブキを構えよう。カンペキ!」
「わたし、ちゃんと構え方を教わったのは初めてです…」
「基本が大事だからね~。それじゃ、パブロじゃないけど筆おろし、いってみよう」
「はいっ!」

タカナはツバをのみ、鼻息を荒げると、思い切ってトリガーを引きました。
タタタッという小気味よい音とともに、圧縮されたインクが飛んでいきます。

「わわわっ!」
「けっこう反動が強いでしょ?右手でしっかりブレーキを効かせよう」
「こうですか?こうですか!?」
「肩に力が入ってる!腕の向きにまっすぐ反動力がかかるように~、リラックスしながら、でも右腕は高く水平にー」

タカナはタンクに入ったインクを打ち切るまでトリガーを引き続けました。
几帳面に立ったまま、前方にインクを発射しているので、インクだまりはごく小さい範囲に出来るのみです。

「そうそう、構えがよくなってきた。インクが切れたら…」
「すぐチャージ!ですね!」

タカナはイカの姿に変身して、ピンク色のインクに潜り込みます。
ミツはそのそばにしゃがみ込んで、少女の次のミッションを伝えます。

「そのまま聞いててね。次はアッチにある風船にぶつけてみよう。5メートルくらいの距離から自由に当てられるようになろう」
「はい!」

タカナがインクの中から飛び出すと、タンクは再びオレンジのインクで満タンになっています。
イカがインクの中を泳いでいる間、体内で絶えず生成されるインクを吸引、新たな弾丸の原料にするのです。
ヒトに例えれば血液が抜かれるような話ですが、インクリングのインク生成スピードは猛烈に早く、
3分間で10,000平方メートルという面積を塗りつぶすことが可能というから驚き。
とはいえ生成するには相応のエネルギーを消費しますから、バトル後はお腹が空いてしょうがなく、
ナワバリバトルのステージ付近に行ってみれば、近場のファストフード店で買ってきたハンバーガーなどを、
意気揚々と、または泣きむせびながら、貪る姿を見ることが出来るでしょう。

「ま、俺は野菜ジュース派だがね」
「ダイエット中でしか?」
「同僚がぶっ倒れてな。添加物とかコレステロールが気になるんだ…」

イカの好みも千差万別。バトル後に食べるものは年齢や性格にもよるようです。

「やっぱり的を意識して撃つと面白くなってくるもんね。あっちに3本立ってるバンカーのところに行ってみよう」

ミツが指さした先には、イカの形をしたバンカーが3つ、
壁に相対して中央のものが奥、左のものが中ほど、右のものが手前になるよう、隣り合って三角形状に並んでいます。
地面には、バンカーの位置に合わせて、チョークで等間隔に平行線が引かれています。

「割れてもすぐ新しいのが出てくるから、気にせずバンバン割っちゃおう。位置取りとかもどんどん変えていこうね」
「はいっ!」
「じゃあ、3分で何回割れるかというゲームをやってみよう。時間を測ってるからね。それじゃ、スタート!」

合図とともに、タカナは3つの風船の中心に駆け寄り、壁に向かって左側の風船に照準を合わせます。
きっかり三発当てたところで風船は割れ、タカナはぐるりと向きを変えて、奥の風船を狙います。

「相変わらず教えるのがうまいねぇ、ミツ」
「あっ、リューカ。あれは良い子だねぇ。教えたらすぐ吸収するタイプだ」

ミツの背後からやってきた少女は、背が高く、青色の濃いメガネをかけて表情はよく見えません。
ジッパーのついた薄いジャンパーを着て、細くきれいな足首が映えるコンフォートパンプスを履いています。

「そんな良い子をナワバリバトルの世界に引っ張っちまっていいのか?」
「分かんない。でも本人が望むなら、それもいいんじゃないかな…おや?」

見ると、さっきまで几帳面な塗り方をしていたタカナですが、
いまは三角形の風船のまわりをグルグル回り、あちこちの方向から撃ちまくり、
一帯をビチャビチャにインクで濡らしていました。
顔は運動による効果と興奮とで紅潮し、口角はキッと引き上げられています。

「ひゃああ!楽しいぃ!狙ったとこに飛んでく!おさがりシューターとは全然違うよっ」
「あらま」
「ふ~ん。けっこう激しいとこもあるみたいじゃないか」
「ホントに面白い子だねぇ。リューカのほうはどう?」
「死ぬほど覚えが悪くて、気晴らしにこっちに来たとこだよ」
「ツルギ君、チャージャーの練習、嫌がってたもんねぇ」
「全ての種類のブキに触らせるのがSuckersの方針だが…アイツはちっともそのイミが分かってない。まぁ、言っても詮無いことだが」
「ミツさぁん!あと何分ですか!?」
「あと124秒!そうそう、音楽を聴いて時間を測るといいよっ」
「はぁい!」

タカナは息を切らしながら、上から下から横から後ろから、どんどん位置を変えて3つのバンカーを破裂させていきます。
ミツのつける「正」を逆さにしたような字はあっと言う間に10コを超えました。
Suckersはタッグマッチのチャレンジのほか、メンバー同士が切磋琢磨しあう環境を整えるための練習メニューを十数通り用意し、
そのいくつかはこの場所での練習を前提にして作られています。
時には「遠征」と称してモンガラキャンプ場やBバスパークで練習することもあるものの、
ハイカラシティ内にあるこの場所は、手軽に来れる格好の練習場所なのでした。
店主のブキチもそのことを知っていて、一部の時間を彼らのために開放しているのです。

「…なんか、部活みたいなノリだねぇ。学生の頃を思い出すわ」
「自分としては、ここまでナワバリバトルが浸透したのは感無量でしがね。あっちで、ローラーの指導もやってるでしよ」
「あの男の集団がローラーか?なんかうるせぇのがいると思ったが」

花園に目を奪われていた男は、時折「オー!」だの「うりゃあ」だのという、粗野な叫び声が耳障りだったことを思い出しました。
左の空き地に目を向けると、二人の少年が向かい合わせに立っています。
一人はやや年上とみられる、キッと口が結ばれて、大人びたサングラスがやけに似合う少年。
もう一人は鼻息荒く大柄で、黒いジャケットでなんとかハイカラシティ並みの出で立ちに整えているといった風の少年です。

「ガッツ、晴れて基本であるシューターはひとまず卒業だ。ここからローラーの指導に入るが気分はどうだ?」
「聞くまでもありません、この日を待ってましたッ!」
「うむ、私も楽しみにしていた!」

強い信頼関係に結ばれているらしい二人は、ふつうの情報伝達に必要な3倍の大きさの声を用いて、熱いパッションをぶつけ合います。

「ガッツ、ローラーの極意は第一にフィジカルだ。どのブキよりも重い質量を運んで、どのブキよりも長い距離を走らなくてはならない」
「ええ!自分はその役目に浪漫を感じ、誰より身体を張ったローラー使いになるべく、この世界に足を踏み入れた所存です!」
「うむ。ただし力任せに進むだけではすぐバテる。第一に正しい押し方を覚えなくてはならない」

ガッツの長台詞に応えるように、指導役の男は自前の年季の入ったローラーを音もなく地面の上に据えて、ガッツには横に並んで真似をするよう促します。

「よし、まずは思うままにローラーを押してみろ」
「押忍!」

ガッツは鼻から大きく息を吸い込み、体格を生かして、巨大なローラーの持ち手をおもむろに掴むと、
上から下へと押し下げるような動きでゴロゴロと転がしました。

「違う、違うな。お前はローラーに憧れている割に、何も分かっていないじゃないか」
「えッ!?自分のやり方は間違いですか!?」
「それじゃ腕を酷使することになるだろう。しかも速く走れないし、スムーズに振る事もできない」
「あっ。確かに。じゃあケビンさん、お手本を見せてください」
「見ていろ、こうだッ」

ケビンは体の柔軟性を生かして、左足を軸に姿勢を低く保ち、右足を後方に大きく伸ばします。
クラウチングスタートのような恰好になりました。
右腕でローラーの柄とタンクをまとめて抱え込み、左腕で重力に逆らうよう支えます。

「この姿勢だッ!足の力でローラーを前方へ運ぶんだ。ガッツ、お前もやってみろ」
「はいっ!こうすか?」
「上出来だ。そのまま前へ進めぇ!」
二人でいっぺんにゴロゴロゴロと前方に走りだします。
練習用の黄色いバンカーが5つ、二人の目の前に現れました。

「敵確認、五体!さあガッツ、コイツらを倒してみせろ!」
「おおお!!俺の腕の見せ所ッス!」

ガッツは重たいローラーを振りかぶり、振り下ろして丸太をぶつけ、イカを一体ずつ破裂させていきます。

「いいぞぉ!ガッツ!!」



「やれやれ。飛ばしたインクじゃなくて、物理的に割ってるじゃねぇか、アイツ。ホゴシャも何で教えてやらねえんだ?」
「ま~、彼は間違いなくローラー向きではあるでし。走り回るのも苦じゃないようでしからね」
「おや、チャージャーの指導も始まったみたいだな」

口は悪くとも、だんだんとこの指導風景に和んできた手練の男は、
シューター、ローラーと来たらお決まりの、次なるブキの練習を始めようとしているのを見つけました。



「ツルギ!お前、練習をサボって何をしてる?」
「げっ、リューカさん。いやいや、1分の休憩中ッス」
「その割には手にしてるマンガのページが進んでるようだな?」
「ああっ。さすがリューカさん。目端が利きますねぇ」

ツルギと呼ばれた少年は、ルーズなシルエットのアズキ色のパーカを着こみ、不似合いなシルバーのネックレスをつけた少年です。
髪の色はツヤツヤした黄色で、根本に近いほうは色が暗いものの、日によく当たる部分はキラキラと輝いて、華やかだがどこか浮ついた印象を与えます。
リューカは口へつらうツルギの頭を一発殴りつけると、彼が読んでいた「週刊少年スキッド」を取り上げて放り投げました。

「あっ!何するんすか!?」
「塀の向こう側に投げなかっただけ感謝するんだな。さぁ続きをやるぞ」
「ひでえ。リューカさんとだけはチーム組みませんからね、オレ」
「ほう?そこまで上がってくるつもりがあったとは、初耳だ」

ぶつぶつと言いながらも、ツルギは立ち上がり、金網に立てかけていたチャージャーを手にします。
左手の指先にふうと息を吹きかけ、両手に細長い銃身を構えました。

「だいいち、オレはシューター派だし。敵弾をかわして一歩出し抜くのが最高なんじゃないすか」
「それは知ってるが、チャージャーもたまには使っておけ。遠方から狙い撃つほうの気持ちを分かっておくのが大事だ」
「へ~い…」

ツルギは人の背丈ほどある大きさのバンカーが、指でつまめるくらいの遠い位置に立ち、
すらりと細長い銃身の、2か所についた照準がまっすぐに並ぶよう、目線の高さにブキを構えました。
トリガーを引くと、タンクから送られるインクを加圧し、高密度のインク弾として精製する機器が動き始めます。

「バンカーの射撃では動く標的を撃つ練習にはならないが、出来ることも多い。例えば狙撃と歩行の分離」
「歩きながらでも銃口がブレないように、ッスね」
「口は開かんでいいぞ。私が合図したら撃つように」
「…」

心中穏やかでないツルギですが、力んで銃口がブレないよう落ち着いた呼吸に努めます。

「よし、まずその場で一発」

ツルギがトリガーから指を離すと、目にもとまらぬ速さのインク弾が放たれます。
黄色のラインをかすかにまっすぐ描き、着弾したバンカーが弾け飛びます。

「次は前方に歩きながら一発!」

チャージャーの困難なところは、たった一発の弾を確実に、遠くの敵に命中させる必要がある点です。
連射可能なシューターと違い、射撃と走行を両立させることは不可能であり、
ツルギはリューカから散々指導された銃口をぶらさない歩き方を実践しています。

ドパン、という音とともに2つ目のバンカーが弾け飛びました。

「よっしゃあ!」

歩行しながらの狙撃に成功し、ツルギはにやりと笑います。
次は後ろへ下がりながら一発と思い、右のかかとを踏みしめたところ、背中にこつんとリューカの固い拳が当たります。

「…ダメだ、ダメだ。今のはまぐれだ」
「何でッスか!ちゃんと割れたでしょ」
「チャージ中はブキを目線の高さから降ろすな。歩く間も敵に照準を合わせるんだ」
「えー?ずっとこんなんじゃ肩凝っちゃいますから」

ハァ、とため息をひとつつき、リューカは口の減らない教え子を諭します。

「いいか、実際には敵はボーッと突っ立ってるわけじゃないんだ。走っていることがほとんどだし、死角から飛び出してくるのを狙うことだって…」
「あーあー、ダイジョブっす。実戦でもしっかり仕留めますわ」
「それが出来んと言っている!」

説教に耳を貸さないツルギに、リューカはほとほと呆れました。
バトルではインクの回避やポジショニングにセンスを見せるこの少年を、敵の心理の分かる一人前に成長させるべく、そのためにもチャージャーの振る舞いを覚えてほしいところなのです。
さっきのミツとタカナのような手ごたえのある関係を羨ましく思いました。

「…待てよ。お前、実戦でも仕留めると言ったな」
「うす」
「一戦交えてもらうか。わがチームのフレッシュな体力自慢クンと」
「はぁ?ガッツのこと?別にいいけど」

「ケビン!ちょっと来てくれー!」
「でかしたガッツ、今ので50キル突破だぞ!!…ん、リューカ。呼んだか?」

エキサイトしたローラー班は、二人とも汗だくです。
とりわけ、すべての風船をスイングして割ったガッツは汗でドロドロの状態でした。

「うわっ、汗クサ。…あ、すまん。ツルギのチャージャーの覚えが悪いから、ガッツと実戦させてみたいと思ってな」
「…リューカ、汗は男の象徴なんだよ?だが実戦については大歓迎だぞ!」
「ツルギくんとやるんすか?新武器対決とは燃えますねぇ!」
「え~。いくら不慣れなチャージャーだからって、ガッツに負けたらカッコ悪いわ…」

4人が集ったのをシューター班のミツも見つけます。
休憩でドーナッツを食むタカナの肩を叩いて、4人のいる高台の上を指さしました。

「ねえねえ、何だか面白いことになっていそうだよ」
「はい?…あ、みなさんが一か所に集まって、何か話されていますね」
「タカナちゃんは、若手の子たちとは会ったことがなかったよね。よし、挨拶に行くとしよう」

タカナは残ったドーナツの欠片を喉に詰まらせないようにお茶で押し込み、二人は実戦の手筈を整えている4人の下に向かいました。
ミツははにかんで後ろに隠れようとするタカナの両肩をグッと自分の前に引き寄せると、快活な声を掛けます。

「なになに?実戦?じゃあこの子も入れてくれないかなー」
「え!この子が噂の新人さん?…めっちゃ可愛いじゃないすか…!」
「えっ」

ぶすっとした表情の、2~3年上に見える少年は、
タカナとミツが視野に入るや否や、パッと表情を明るくさせて、盛んに話しかけてきました。

「Suckers入団おめでとう!どう?最初の練習は?」
「あの、えーと、ミツさんの教え方がとても上手で…初めてヒトと撃ち合うのがとても楽しみです」
「あ、シューターの練習してるんだよね?オレもほんとはシューター使いなんだけどさぁ、ある程度腕が上がったらチャージャーを一度は試すのが上達の道なわけね」
「はぁ」
「だから、遠くから狙われても悪く思わないでネ。オレもほんとは正々堂々と正面から撃ち合って…いってぇ!」

ゴツンと鈍い音を立てたのは、固く握りしめられたリューカの拳とツルギの後頭部でした。
リューカはそのままアズキ色のパーカーの後ろ襟を掴むと、二の句が継げないように彼の喉を締め上げます。

「タカナ、こいつの言うことは聞かなくていいからな。チャージャーは卑怯なブキではない」
「りゅ、リューカさん、腕筋すご…」

女性にしては高身長なリューカは、男性にしては低身長のツルギと背丈がさほど変わらず、
彼の首根っこを掴んで垂直に引き上げると、ツルギのつま先が地面から離れる程度の身長差なのでした。

「やめてリューカさん、パーカー伸びる…」
「そうそう、こいつはツルギ。一応うちの新人の中では腕の立つ方だが、性格は見ての通り」
「そんなトゲのある言い方やめてくださいよ…ゲホゲホっ」

ふたたび地面に降り立ったツルギは、扱いに腹を立ててリューカに抗議します。

「もー、リューカさん、そういう扱いされるとこ見られて、タカナちゃんから嫌われたらどう責任とってくれるんすか!」
「いっ、いえいえ、そんな。腕前を上げて、もうチャージャーまで使ってらっしゃる方に何にも言えません」
「そ、そう?そうなんだよ、オレ結構腕前は…って、性格は悪いことになってるし。凹む」
「バトルで挽回するんだな、ツルギ」

リューカの策に飲み込まれたツルギは、練習用の広場になっている所へと追いやられました。
「ちっくしょー、嵌められたー」とわめき散らすツルギに、年少のはずのタカナですが、なぜかちょっぴり微笑ましい気持ちになったといいます。

「タカナ、私の愛弟子を紹介しておこう。この男はガッツと言って、まだまだバトルの腕は未熟だがよく走る」
「あー、自分はその…ガッツといいます。よろしくッス」
「はい、よろしくお願いします」
「おや?ガッちゃん、珍しく声が小さいぞ~?」
「い、いやっ。自分はまた後で話せればいいんで。じゃっ!」

ミツに追及され、焦ったガッツは早々と会話を打ち切って持ち場へ向かってしまいました。
ケビンは様子のおかしなガッツに首をかしげつつ、彼を追いかけ高台下に向かいます。
ミツとリューカは、タカナに聞こえないよう耳打ちをし合いました。

「いま汗クサいの、気にしてたみたいだね」
「そういうデリカシーがある奴だったとは。発見だ」



タカナとガッツはそれぞれ高台を降りたところ、練習場の中でもっとも大きな奥行のある場所の両端へと位置しました。
ガッツの側から、ツルギのいる高台へと登るスロープが続いています。

「よしっ。ツルギはチャージャーだから、開始即狙えない位置にいてもらうぞ。サブウェポンはあり、スペシャルウェポンの使用はなしだ。3人で別の色のインクを使い、生き残った者が勝者!」
「三つ巴のサバイバルッスか!全部緑色に染め上げてやりますよ!」
「よろしいか、ツルギ!タカナ!」

「OKっすー」
「はいぃ!頑張ります!」

それぞれの持ち場から、ケビンの問いかけに答えます。

「店主、すまないが復活ポットを用意してもらえまいか…」
「了解でし!すぐ持ってくるから先に始めるでしよ」
「ありがたい!では三者、レディー…」

練習場に緊張が走ります。闘う3人はそれぞれのブキを構え、
リューカはそっぽを向いていますが、ミツはタカナのそばにいて何やら話しかけています。

「ゴー!」
「だぁー!!先手必勝!」
「きゃっ」

叫んだのはもちろんガッツで、高台の上にいるツルギをめがけて突進します。
大声にひるんだタカナは一歩後ずさりました。
ガッツの走った後には緑色の太い帯ができ、やがて彼はバンカーが所せましと並ぶ高台の入り口に現れました。
チャージャーの特長である、前方に一直線にインクが飛ぶという性質によって、
放射状にオレンジのインクが予め塗られ、ガッツに対する足止めの役目を果たしています。
その中心にツルギはいて、静かな銃口をガッツに向けていました。

「単純野郎め…チャージャー相手にコロコロ突進するんじゃねぇ。返り討ちだ!」
「ガッツよ!ここはセンプクだっ!」

ケビンの言葉が早いか、ツルギの放つオレンジのインク弾がガッツめがけて迸ります。

「うおぉっ!」

しかし、狙い澄ましたはずの弾はガッツの手前の地面に着弾し、直撃は免れました。

「あれ!外した!?うそだろっ」

動揺しつつも、ツルギは次の弾の補充をします。
チャージャーはキュイィという機器の音とともに、インクを圧縮して弾丸を生成します。
肝を冷やしたガッツは、一瞬前のケビンの言葉を反芻しました。

「センプク…そうかッ!」

相手を倒したいと気の逸るガッツは、ついつい最短距離を取りにいってしまいましたが、
チャージャーに向かって真っ直ぐ走るのは凡手なのです。
水平な地面を真っ直ぐ向かってくる敵は、狙う側にとって、止まった敵と同じなのですから…。
そのことを理解し、ガッツはイカに変身して緑のインクに潜り、横の動作でケビンの気を散らします。

「くっそ。一撃で仕留めたかった」

2発目、3発目と撃墜を試みますが、当たりません。そうこうしている内に、ピンク色のインクを飛ばして、
高台の上にタカナがやってきました。

「あっ、タカナちゃん!?えぇい、悪く思うな」

棒立ちで状況を観察しているタカナなら当たると、ツルギは銃口を彼女へと向けます。
その瞬間、ガッツがインクから飛び出し、ツルギに方向へローラーを轟音とともに叩きつけ、一目散に走りかかりました。

「うえぇ!?このタイミングかよっ」

タカナに銃口を向けたのは一瞬で、やはり敵はこいつだったとガッツにインク弾を発射します。
しかし、ブレた銃口から発射される弾は、決して狙った敵に命中することはありませんでした。

「ほらローラーが来てるぞ!来てる来てる来てる」
「やっべぇ!どうしたらいい!?」
「小刻みでいいから撃て!的をしっかり狙え!」
「いっぺんに言われても分かんないっすぅぅ」

リューカのアドバイスもむなしく、散発のチャージャー弾はツルギの足元を濡らすばかりで、
ガッツに当たることはちっともありません。
とうとうローラーの射程距離に捉えられ、ガッツは得意の振りで仕留めようと、
大柄の身体を生かして巨大なローラーを体の上に持ち上げました。

「ちっくしょう!」

ツルギはインクの中にもぐります。ガシャン、という音とともに放たれる大量のインクをかろうじてかわし、
自分が作り出したオレンジのインク跡を使って、逃げる…はずでした。

「げっ」

周りを見れば、すっかり三つ目の色…タカナの色のインクで塗りつぶされています。
ガッツとの交戦中、彼女が地面を丹念に塗っておいたのでした。
ピンク色のインクに乗り上げたツルギは、イカの姿を維持することが出来ず、ヒトの姿に戻り足を取られます。
勝負あり、でした。
地面をたたく音とともに緑色のインクが顔面に降り注ぎ、ツルギの身体は一瞬にして蒸発します。

「ぶわぁ!」
「よぉぉし!ガッツ!初めて生きた獲物を仕留めたぞ!」
「やりましたよ、ケビンさーん!!」
「はぁ、狙い通りと言えば狙い通りだが…何とも無様な死に方だなァ」
(○×△□…!)

無慈悲なリューカのコメントに、空気と化したツルギは文句を言っているようですが、誰の耳にも鮮明に届くことはありません。
あとの闘いは、ローラーのガッツが勝つか、シューターのタカナが勝つかという闘いとなりました。

「あとはあの子…ゲッ、これじゃあどこにいるか分からん!」

同じくツルギとの交戦に集中していたガッツは、タカナの姿が見当たらず、
足元の多くが彼女のピンク色のインクで塗られているのに気が付きました。
ひとまず、彼女が飛び出してインクの雨を浴びせる前に、ガッツは自分の緑色で塗られたインクだまりの奥へと退避します。

「そうだ、こんな時こそボムの出番だ!」

ガッツは懐にボムを仕込んでいることを思い出しました。スプラローラー付属のキューバンボムです。
インクの消費量は大きいですが、一回の爆発で広範囲を塗る事の出来る種類のインク爆弾です。

「こいつで炙り出してやるぞ!」

1対1とあらば焦る必要はありません。ガッツはインクをしっかりと回復しながら、
周りにキューバンボムを一つずつ投げつけて、緑のインクの領域を徐々に増やしていきます。
姿の見えないタカナには、ピンクのインクを放つ術はありません。

とうとう、高台全体が緑のインクで満たされました。
タカナが被弾した手ごたえはありません。

「あれぇ?…つまり、下に降りたって事か!」

ふたつの事実から推論し、ガッツは敵のいるべき高台の下へと向かいます。
ローラーを構え、ケビンに教わった通り、足の力で全速力で前方へ駆けていきます。

「どこだっ、敵めぇ!」

死角を作っている狭い入口から外に飛び出し、ガッツの目の前が開けます。
自分のスタート地点に立っているケビン、その向かい側に立つミツの姿を認めました。
しかし、肝心の敵は見当たりません。

「来たよっ、タカナちゃん!!」
「はぃい!」

ミツの合図とともに、タカナはスロープの側面、垂直な壁が立っている側から突如現れます!
彼女は垂直な壁の側をインクで塗り、その中にじっと潜んでいたのでした。
飛び出したタカナは、アクションの複雑さゆえ視覚からの状況判断がまったく出来ず、目はギュッとつむられていますが、
肝心のブキだけは正面にしっかりと構えられています。

そして、銃口の先には丁度、入り口から飛び出したガッツが重たいローラーを抱え、
勢いをつけて真っ直ぐ向かってくるところでした。

タタタッ、という音と、インクがヒトに着弾する刺激的な音が交差します。
不意を突かれたガッツは、「避けよう」という言葉が身体を動かすまで、
進む向きを変える事も、イカに変身してかわすことも出来ず、
恐るべき能力をもったピンク色のインクを3発、その大きな身体に受けることになったのです。

「ぬわあぁ!」
「あっ、当たっ、た…!?」

タカナは、自分が無我夢中で撃ったインクが一人の大男を蒸発させたと信じられず、
恐る恐るつむられた目を開けます。
シンとした静寂が鼓動の音を引き立たせ、不安と期待が入り混じった空気を作り出します。
それを破ったのはミツの叫び声でした。

「やったぁー!タカナちゃん、上手くいったよー!」
「や、やったんですか?…ぃやったぁ!」
「ツルギ、及びガッツの死亡を確認!勝者、タカナぁ!」

ジャッジくんよろしく、ケビンがピンク色の旗を挙げて、勝者を祝福します。
ミツとタカナは手を取り合ってよろこび、お互いの身体をハグして感激を分かち合います。
そして、一方のうち捨てられた緑とオレンジの旗は、そのまま敗者たちの屈辱となるのでした。

「こらケビンさん、オレ死んでねーから!」
「むっ、ツルギ。我々にとって、ナワバリバトルでの死は実際の死に等しいんだ!それより、復活ポットを用意した店主にお礼を言っておくんだな」
「あっ。あざますゥ」

よく分からないケビンの言い分はともかく、蒸発した身体を元の状態に戻す「復活ポット」を使ったツルギは、
店主に頭を下げ、彼なりの感謝の言葉を口にします。

「お安い御用でしよ」
「ニイさん、チャージャーであのやられ方は悔しいだろぉ?」
「もう、腸が煮えくりかえる思い…あれ、オジサン誰?」
「まぁ、ただの見物人だ。三つ巴のナワバリバトルなんて普通やらないし、なかなか面白かったさ」

「ケビンさん、面目ないッス…」
「ガッツよ、よく闘った。最後の奇襲はミツの作戦だろうな。私がGOと言う前に何か伝えていたようだ」
「あっ、あれタカナちゃんが考えたんじゃないんすね?どおりで」
「実力者にしかできない攻め方だからな。あそこにガッツが飛び出してくるのを読んでいたんだ」
「バトルが始まる前に?そんなぁ」
「ガッツ、おまえの単純さはたしかに読みやすい。だが同時に長所でもある。本番のナワバリバトルでも体を張った攻めを見せてくれよ」
「ケビンさん…!自分、次こそやります!」

ケビンの言葉に心の髄を震わせたガッツは、すぐに力を取り戻し、次の勝負が待ちきれないといった様子で拳を握りしめます。

「散々だったなぁ、ツルギ」
「あっ、リューカさん。確かに、カッコ悪すぎる負け方」
「敗因は一撃で仕留められなかった事、と言っていいだろうな。入り口は狭い、熟練者ならまず外さない状況だ」
「うぅ。やっぱ原因は、構えすか」
「ほう、分かってるじゃないか。敵がやって来て、初めて照準を絞る。そんなやり方では銃口もブレる。その事が分かったろ」

ガッツの足元を濡らすにとどまった最初の一撃を、思いの他反省しているツルギに、
リューカはこの日初めて、ちょっぴり優しい顔を見せるのでした。

「ミツさん、わたし…ハイカラシティに来てよかった。こんな刺激的なこと、今まで無かったもん」
「ふふ。勝つと最高に嬉しいよね、ナワバリバトルって。でも今日は上手く行ったけど、いつも勝てる訳じゃないからね」
「はいっ。分かってます!」
「負けるととにかく悔しいし、しかも仲間のせいにしたくなる時もあるし。…まぁ、その辺はおいおい、ね」

ミツはタカナの無防備な頭にポンポンと手を置いて、上京したてのいとしい少女の肩を抱き、
勝手口の前に集まる皆のもとへと連れて行きます。

「さぁみんなー、今夜はタカナちゃんの入団祝いだよ!」
「あのう皆さん、今日はありがとうございました…」

はにかむタカナを、ミツがぐいとメンバーの前に押し出します。

「おおっ、二人はすっかり仲良しだな!嬉しいぞ!」
「ケビンさん。今度わたしにもローラーの使い方を教えてください…!」
「無論だ!女子でもビシビシ行くぞ!ただし、シューターで経験を積んでからだな」
「まぁ、ケビンは実を言うとローラー使いじゃないんだけどね」
「えっ!?そうなんですか?」
「生業はブラスターだ。とはいえ接近戦で生きるブキなら何でも使うぞ」
「ついでに、あたしも一番得意なのはスロッシャーなの。シューター使いは世を忍ぶ仮の姿」
ドロン、とばかりにミツは胸の前で指を組みます。

「はぁ…それであの動きかぁ。尊敬デス」

大きな二人に囲まれて、目を輝かせているタカナをよそに、
ツルギは「入団祝い」と聞いて、なにやら落ち込んでいました。
ブツブツと文句をつぶやいているところを、そばのガッツに慰められています。

「入団祝いって…またリューカさんのバーでしょ?今日もレモンと一緒に絞られるのかー、ヤダなー」
「まあまあ。それは愛のムチじゃないッスか」
「ムチはもっとこう、キレがいいもんだろ。あれは…にじり寄る、言葉のポイズンボールだ。まさに毒舌!」

リューカにだけは聞こえないよう、こっそりと陰口をたたくツルギですが、
実際に誰の耳に入っているか、知らぬは本人ばかり…かもしれません。

「えっ!リューカさん、バーテンさんなんですか?」
「あぁ。ナワバリバトルはたいてい昼やるものだし、時間も選べる。趣味としてはちょうどいい」
「なんか、おしゃれー。あっ、わたし、バーとか行ったことないんですけど、大丈夫かなぁ?」
「ハイカラシティの一流のバーだから、当然ドレスコードは厳しいぞ。ダサい奴は即出禁だ」
「えー!!このTシャツじゃ絶対ダメだ…」
「大丈夫、そんな時はミツさんに相談ッス。自分もこの服、ミツさんに選んでもらったんで安心ッス」
「あ、ガッツさん、その服似合ってますよねー。ミツさん、わたしもコーディネートしてください!」
「もちろんそのつもりだよー。飛び切り可愛くしてあげちゃうからね?」

ガッツははじめてタカナと言葉を交わして、彼女のかわいらしさに打たれながらも、
ミツにすっかり心酔している様子をみて、ちょっぴりやり場のない感情を覚えるのでした。
平和なやり取りを、タバコを吸いながら眺めている手練れの男は、「バー」という言葉と、リューカの色メガネの奥の目つきに、
記憶と視覚が突如リンクして、頭の中がスパークしたのでした。つい声が口を突いて出てきます。

「あッ!あんた…」
「おや?お得意様がいるじゃない」
「駅前の『テンタキュラ』のバーテン!?夜と全然恰好が違うから、分かんなかった」
「アンタこそ、随分だらしない恰好だね。メーキャップするのは女の娘を口説く時だけ?」
「げ、本当に毒舌だわ」
「ふふ。まぁ懲りずに、またいらして下さいな」

さっきのリューカの冷淡な言葉に、男は苦虫を噛んだような表情を作りましたが、
いま耳にした、絹のようなさわり心地のよい声とが同じ口から発されたものとは思えませんでした。
色メガネを外し、素顔を見せたリューカは、長いまつげとチェリーの色をしたルージュの映えるように、
男にニッコリと微笑みかけます。

「『シーショア』の12年もの。冷やしておきますからね」
「…!」

チャージャーの弾丸(たま)…もとい彼女の柔らかな眼差しで脳髄を撃たれた男は固まり、
手にしたタバコの灰が風に散ってゆきます。
少年少女たちの喧騒も周りから消え、一つのロマンスの始まりを予感しました。

その間に、リューカはため息ひとつ。
もとの素っ気ない表情に戻り、再び色メガネをかけなおしてしまいます。

男は身震いすると、顔を伏せ、額の汗をハンカチでぬぐいました。

「…やべェ。これは通う。今日行く」
「おにーさん、ウチでもお金の払いが良いと思ったら、夜の街でもそうなんでしね」
「え、アンタそんな目で見てたのか…」
「これは失礼。口が滑ったでし」

…こうして、ハイカラシティにやってきた一人の少女と、
若さを持てあますことなく撒き散らす少年少女たちの出会い、
そして一人のベテラン戦士の新しいストーリーの始まりを告げて、
この日の太陽は沈んでいくのでした。

7時のハイカラニュースが流れる頃には、駅前のネオンランプに光がともり、
ちょっと背伸びした若者たちの酒盛りがそこかしこで開かれる中、
飛びきりの高級店で慣れないカクテルに口をつける、まだ野暮ったさの残る少女の夜が更けていきます。

勇気を出して上京した末に得た、新しい仲間たちとの出逢いを、まぁるい月が祝福しながら。

(FIN)


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