「アルキメデスの大戦」と三田紀房に学ぶ 創作で実社会を描くということ
「歴史」を漫画に描くモチベーションは何だろう?
アマチュアであれば、もともと歴史が好きだったり、歴史をモチーフにした作品の二次創作でもない限り、
自分から「歴史的な出来事」を真実味を持って描こうと思い立つ人はそんなにいないのではないかなと思います。
時代考証も大変ですし、その道の人から誤りを指摘されてモチベーションをへし折られそうですもんね。
歴史的なエッセンスを加えたいなら、それよりも楽な方法があるでしょう。
- 「歴史的出来事っぽいもの」、例えばファンタジーとして描かれた戦争ものを描く
- 「あくまで、歴史的出来事をモチーフにしたフィクション」とことわった上で自由に描く
一方で、プロの世界だと、真実として描写される歴史物の比率がもっと大きいように思います。
わたしは漫画が比較的好きなので、漫画を対象としてここからの議論を進めていきますが、
「歴史物が描きたくて漫画家になった」という方はたぶん少数派で、なにか意図があって歴史的な出来事を「選択した」という方が大多数でしょう。
先日、ヤングマガジンで連載開始された「アルキメデスの大戦」は、
「クロカン」や「ドラゴン桜」を代表作とする三田紀房先生が描く、第二次大戦時の日本海軍をテーマにした作品です。
野球漫画を複数描く傍ら、「受験」「転職」「投資」など特殊なテーマを描いてきた氏が次に選んだテーマですから、 ほぼ間違いなく、歴史を描くことを「選択した」例と言ってよいでしょう。
三田先生が選んだのが一体なぜ「日本海軍」なのかを考えることで、歴史的なテーマを選ぶことの、プロにとっての魅力に迫ってみましょう。
以下、あらすじを述べますが、読み飛ばしても大丈夫です。
「アルキメデスの大戦」のあらすじ
海軍少将の山本五十六は航空母艦の「赤城」艦上で、最新大型戦艦の建造計画に関し「戦艦などいらぬ。航空母艦がもっと欲しい」と言い放ち、
これからの戦争は空母と、航空機による爆撃を主体にしたものになることを仄めかした。
山本は造船少将の藤岡喜男を味方に付け、対航空機戦闘を第一に設計した剛性の高い船を持って選考に挑む。
一方、競争相手の海軍少将・嶋田繁太郎、造船中将・平山忠道は世界最大級かつ保守的な発想の戦艦を設計し、
日本の軍艦の最高峰によって「帝国海軍の威厳と風格を示す」ことが目的と述べるものの、その実「設計者として、自分たちの名を歴史に残す」ことを狙っていた。
しかも、その建造費見積もりは藤岡案の半分ほどの金額であった。
藤岡は不正な見積もりが行われていることを見抜き、山本に相談。見積計算のやり直しが出来る人材として、帝大数学科の櫂直に白羽の矢が立つ。
櫂は、自分の忌み嫌う軍隊に所属することは考えられないと、はじめその任務を拒むものの、
国家財源を浪費し、使い道のない戦艦を建造することの悪徳に気づき、山本の計略に乗ることを決意。
海軍主計少佐を拝命した櫂は、学徒としての自分がいた世界とはまったく異なる軍の文化の中で、戦艦建造計画の不正を暴くという難題に挑む。
歴史漫画の方法論とテーマの選択
方法論と見出しを付けましたが、「作者がどういう手順で描くか」想像するという程度の話です。
歴史物であるからには史実に寄せるということが必要になってきますが、なかなか大変なことだと思います。
- 前提知識にもよるが、膨大な準備期間が必要である
- 史実には不透明な部分も多く、複数の説がある場合はどれを採るか決めなくてはならない
- そもそも、完全なフィクションであればこのような工程は必要ない
そして、史実通り忠実に描いたところで、読者にとっては感情移入が難しいものになってしまうでしょう。
作品として仕上げるための、演出について検討しなくてはいけません。
歴史的な出来事を漫画で描写するのであればやはり、連載前の調査の段階で「なぜこの出来事を漫画にするか」という事を整理し、
見せ方を決め、読者にどういう印象を与えるかという大筋を決めてから、細かいエピソードを史実から引いていくと言う方が自然に思えます。
描く対象を決める時、どんなテーマが書き手にとって魅力的に映るか、考えてみました。
- 描くことで、漫画的な面白さ(舞台、キャラクター、ストーリー、etc.)が得られるテーマである
- 歴史的な出来事であるということ以上に、そのテーマの特異性によって読者の気を引くことが出来る
- 真実性の高い(高そうな)描写によって知識欲を満たし、もっと知りたい=読みたいという気持ちを喚起できる
1.については歴史物でなくても同じことでしょうが、「アルキメデスの大戦」で言えば戦時中の日本という舞台で、
洋上の軍隊であったり、海軍省という日本の中枢、最も有名な日本の戦艦が建造された舞台裏を描けるという点に面白みがありそうです。
2.は2020年東京オリンピックの開催にあたり、ザハ・ハディド氏が設計した新国立競技場の建設費が現実的でないことから白紙撤回され、
文部科学省所管の日本スポーツ振興センター(JSC)という、政府に近い組織の意思決定がどのように行われているのか、関心が高まっています。
平山造船中将(調べた所、平賀譲氏がモデルのよう)の出した見積もりが不当に安い金額で、それを暴くために数学の天才である主人公・櫂直を海軍省に送り込むというストーリーは、
読者の興味を引くという意味で抜群の効果があり、「三田先生らしい」テーマの選択だと言えそうです。
さらには、日本人や日本的組織の意思決定に潜む問題も描こうとしているように思われます。回が進むにつれ、そういった描写が増えてくるでしょう。
3.については、創作をする立場に立って考えてみたいのですが、歴史的な出来事を描くからには「真実を描きたい」と思うのが自然かと思います。
見る人が見れば分かる明らかな矛盾や誤りがあったり、その時代に存在しなかったものが描かれていたりすることは恥ずべきことと思うでしょう。
とはいえ、読者は真贋を見分ける目をまず持たないということで、実際に真実性はさほど問題にならないのかもしれません。
それよりは、「真実性が高そうであること」、言い換えると「迫真性」のようなものが重要そうです。
歴史的なテーマによって描けるもの
迫真の絵を描くため、紙とペンから離れ、創作と直接関係ないところであれこれ調べたり、考えなくてはならないというのはコストです。
描き手自身がもともと興味があったり、詳しい分野であるかどうかというのも重要なことと思いますが、
いずれにしても、現代的なテーマの方がモチーフについての前提知識が大きいのだから楽に描けるはずで、
歴史的なテーマを選ぶことにはそれなりの理由が無くてはならないように思います。
理由の一つとして、「迫真性を持って歴史を描くと、読者は現代に通じる教訓や、人間の変わらない部分を感じ取ることが出来る」ということが挙げられそうです。
アマチュアとして創作をする時、面白いものを作ろうというのは心がけますが、
なにぶん、作るということ自体がなかなか大変なので、その上で何かを伝えようとか、社会(やその一部)にメスを入れようといった意図まではなかなか持てないものです。
「艦これ」のように、歴史の一部分だけをコンテンツとして切り出して活用するというやり方もあるでしょうけれど、
「アルキメデスの大戦」はもうちょっと真面目と言うか、その時代を真っ向から描きだして、現代に通ずるヒントのようなものを描き出そうというモチベーションを感じます。
むろん、どちらが優れているということを言うつもりはありません。
わたしの言いたいことは、「実社会のことを描こう」という志向を持つのははけっこう難しく、その手法の一つが歴史を描くことだということです。
プロともなると、ただ面白いものではなく、付加価値のあるものを描こうという方が増えるから、独自の視点に立った歴史物の供給が増えるのではないかなと思います。
その他の「現実を描く」手法
恋愛やギャンブルの心理描写
心理的な側面を描こうという作品はもう少し広く見られ、社会を描くのと同様「現実性を重視する」試みだと思います。
等身大の悩みだったり、心の移ろい、決断、恐れや悲しみを描くというのは、恋愛をテーマにした作品や、ギャンブルをテーマにした作品など、
様々なジャンルで試みられ、読者の共感を得ています。
あるあるネタも現実描写の一つ
Twitterなどであるあるネタの漫画をよく見かけますが、あれも現実の出来事をコミカルに描き出すという意味で、現実を描写する試みの一つだと思います。
実際に「ある」と感じる人が多いほどよいので、現実との結びつきが強いほど優れたネタということになります。